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ベッタベタな異世界転生をしたあいつと同じパーティーにいるハズレ転生者の俺  作者: あさひ


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第59話 戦わない男の、たった一つの仕事

お読みいただきありがとうございます。

第59話 戦わない男の、たった一つの仕事


 扉の向こうは、思いのほか静かな部屋だった。玉座のような椅子が一つ、その前に、あの黒い装束の青年が佇んでいる。


「よく来た」


 声は威圧的ではなく、どこか諦めにも似た静けさを湛えていた。


「今日は逃げないんだな」


 ガルドが大剣を構えながら言う。


「逃げる理由が、もうない」


 魔王はゆっくりと視線を巡らせ、最後に俺のところで止めた。


「フィーネ探知は」


「反応一つだけです。ただこれまでとは比較にならない密度です」


 フィーネの声が震えていた。


「始めるか」


 ヒカリが剣を構えると、魔王はわずかに首を振った。


「その前に、一つだけ聞いておきたい」


「なんだ」


「お前たちは、何のために戦う」


 唐突な問いに、隊列の空気が揺れた。


「世界を守るためだ。それ以外に理由がいるか」


 ガルドが即答する。


「シンプルでいい。だが、それだけか」


 魔王の視線が、再び俺に向いた。


「お前は、どうだ」


 名指しされたわけではない。だが、その視線は明らかに俺だけに向けられていた。


「俺は、ただの索敵担当だ」


「そうか。ならば、その索敵担当に免じて、少しだけ話をしよう」


 魔王はそう言うと、玉座の傍らに歩み寄った。そこには小さな石碑が一つ、置かれていた。城の奥で見たものと、よく似た造りだった。


「それは」


「私の、記憶の欠片だ」


 魔王は石碑に手を添えた。


「かつて私にも、名があった。だが誰にも呼ばれることなく、その名前は忘れられていった。今の私を呼ぶ言葉は、魔王という役割の名だけだ」


 その言葉に、俺は懐から静かに手を出した。


「アレン」


 俺の一言に、部屋の空気が凍りついた。


「……なぜ、その名を」


 魔王の声が、初めて揺れた。


「城の外に、石碑があった。誰にも呼ばれなくなった名前が、そこに刻まれてた」


「あれを、見つけたのか」


「たまたま、な」


 俺は魔王をまっすぐ見た。


「呼ばれなくなった名前が、いつまでもそこに残ってた。それだけの話だ」


 魔王はしばらく黙り込んだあと、やがて低く笑った。


「奇妙な男だ。戦いに来て、名前の話をする」


「戦うのは、俺の仕事じゃない」


「では、何が、お前の仕事だ」


「見て、気づいて、伝えることだ」


 俺は静かに言い切った。


「それだけを、ずっとやってきた」


 その答えに、魔王は何かを考え込むように目を伏せた。


「イチさん」


 ヒカリが小さく俺の名を呼ぶ。俺は頷き、一歩下がった。ここから先は、俺の仕事の続きだった。


「アレン、と呼ばれていたお前が、なぜ魔王になった」


「長い話だ。手短に言えば、忘れられることに、耐えられなかった」


 魔王は静かに続けた。


「誰の記憶にも残らないくらいなら、恐れられる存在の方がまだましだと、そう思った時期があった」


 その独白に、俺は何かが胸の奥で軋むのを感じた。名前を失うことへの恐れ。それは、この世界で誰にも本名を呼ばれずに生きてきた自分にとって、他人事とは思えない響きだった。


「今も、そう思ってるのか」


 俺の問いに、魔王はしばらく沈黙した。


「分からない。ただ、もう長すぎる時間、この役割を演じ続けてきた。終わらせ方すら、もう思い出せない」


「なら、俺たちが終わらせてやる」


 ヒカリが剣を構えながら、静かに、しかしはっきりと言った。


「終わらせる、か」


 魔王は寂しげに笑った。


「それも一つの、名前の呼び方かもしれないな」


 その言葉を最後に、魔王の姿が黒い靄に包まれ、纏う気配が一変した。


「来る、気を付けろ!」


 俺の声と同時に、魔王が動いた。圧倒的な速度でヒカリに迫る。


「ヒカリ右から来る、受け流せ!」


 俺の指示にヒカリが咄嗟に剣の角度を変える。攻撃はぎりぎりで逸れ、魔王の腕が壁を砕いた。


「ガルド左を塞げ! フィーネ術式の起点を右奥に!」


 俺の声がこれまでのどの戦いよりも速く飛び交う。目の前で繰り広げられる攻防は想像を絶する激しさだった。だが、その中でも俺の目はこれまで培ってきた観察眼で魔王の動きの端々に僅かな型を見出し続けていた。


「ヒカリ次の一撃、来る前に沈め、今しかない!」


 俺の声にヒカリが力を振り絞って踏み込んだ。剣が魔王の胴を捉える。


「……ぐっ」


 初めて漏れた苦悶の声。それでも魔王はまだ倒れなかった。


「フィーネ、今の隙にもう一段!」


「はい!」


 フィーネの術式が発動し、光の奔流が魔王を包む。ガルドの大剣がその隙をさらに広げていく。


 俺は戦いながら確信していた。これは俺が直接手を下す戦いじゃない。だが、この戦いの流れを紡ぐことこそが俺のたった一つの仕事だった。


「もう一押しだ。ヒカリ決めろ!」


 俺の声にヒカリが最後の力を剣に込めた。決着の刃が静かに、しかし確かに魔王の元へと迫っていく。


お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。


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