第58話 忘れられた名前を、拾いに行く
お読みいただきありがとうございます。
第58話 忘れられた名前を、拾いに行く
総攻撃の号令が下ったのは、威力偵察から二日後だった。連合軍は複数の隊に分かれ、魔王城への同時侵攻を開始した。
「俺たちの隊は、城の側面から中枢を目指す」
部隊長の指示に、五人はそれぞれの持ち場についた。城内は薄暗く、無数の魔物が徘徊している。
「散らばりすぎるな! 隊列を保て!」
部隊長の声にヒカリとガルドが前衛で道を切り開いていく。フィーネの魔法が敵の群れを削り、クレアの光が絶え間なく傷を癒やしていく。俺は少し離れた場所から全体の流れを見ながら指示を飛ばし続けた。
「右の通路、行き止まりだ。左を使え」
「フィーネ、あの魔物の群れ、正面からじゃなく側面から崩せ」
俺の指示に、隊列が滑らかに動いていく。半年前とは比較にならないほど、この連携は洗練されていた。
城の奥へ進むにつれ、周囲の様子が変わり始めた。装飾のない、朽ちかけた石造りの回廊が続く。まるでかつて栄えていた何かが、長い年月をかけて忘れ去られていったような、そんな気配だった。
「イチさん、ここ」
ヒカリが立ち止まり、脇道の奥を指さした。小さな祭壇のような場所があり、埃を被った石碑が一つ、ぽつんと立っている。
「寄り道してる時間、あるのか」
「少しだけなら」
部隊長に確認を取り、俺たちは祭壇に近づいた。石碑には、風化しかけた文字が刻まれていた。
「フィーネ、読めるか」
「古い文字です。少し時間をください」
フィーネはしばらく碑文を見つめたあと、慎重に読み上げた。
「ここに眠る者、かつて名を持ちしが誰にも呼ばれることなく、その名は世界から消えた」
その一節に、俺は息を呑んだ。
「名前は、書いてないのか」
「ここには。ただ」
フィーネは石碑の裏側を確認した。
「小さく、一文字だけ。アレン、と読めます」
「アレン」
その名を口の中で繰り返す。魔王が、かつて人だったという伝承。誰にも呼ばれなくなった名前。それらが、一つの線で繋がっていく気がした。
「これが魔王の本当の名前だと思うか」
「断定はできません。ただ、可能性は高いと思います」
フィーネの言葉に、俺は石碑をもう一度見つめた。
「この石碑、誰が建てたんだろうな」
「分かりません。ただ、これほど朽ちているところを見ると、随分昔のものだと思います」
その場に立ち尽くしていると、ヒカリが静かに口を開いた。
「イチさん、その名前、使うつもりですか」
「たぶん、な」
「危険じゃないですか。もし違ったら」
「違ったら、ただの独り言で終わる。だが、当たってたら」
俺は言葉を切って、石碑を見つめた。
「あいつに、何か届くかもしれない」
その言葉に、ヒカリはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「分かりました。私は、イチさんの勘を信じます」
その信頼に、俺は静かな覚悟を新たにした。
祭壇を離れ、俺たちは再び城の奥へと進んだ。回廊の先、巨大な扉が見えてくる。その向こうから、これまでで最も濃密な気配が漂ってきていた。
「あそこか」
ガルドが大剣を握り直す。
「間違いない。魔王本体の気配です」
フィーネの声が緊張で強張る。
「皆、聞いてくれ」
俺は五人の顔を見渡した。
「これまでの戦いは、全部この日のためにあった。式も勘も、それぞれの覚悟も、全部今日この扉の向こうで使う」
「イチさんの勘、最後まで信じます」
ヒカリが強い声で言った。
「俺も、覚悟は決まってる」
ガルドが大剣を掲げる。
「私も、精一杯やります」
クレアが治癒の光を纏いながら頷いた。
「式は、ここまで積み上げてきました。あとは、実践するだけです」
フィーネが計算板を強く握りしめる。
扉の前に立ち、俺は最後にもう一度懐のお守りに触れた。半年間の重み、五人で分かち合ってきた秘密、断ってきた誘惑。そのすべてを胸に、俺は扉の向こうへと足を踏み出した。
巨大な扉が、重い音を立てて開いていく。その先に、静かに佇む魔王の姿が見えた。決戦の時が、ついに訪れようとしていた。
お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、今後の励みになります。




