第55話 持てるものを、数え直す夜
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第55話 持てるものを、数え直す夜
出発までの五日間、街は慌ただしい空気に包まれていた。あちこちの部隊が装備を整え、物資を積み込み、家族との別れを惜しんでいる。
「王都からも、正式に招集状が届いたぞ」
ギルドマスターが最後の通達を読み上げた。
「勇者ヒカリ、並びにその一党。北方連合軍の最前線部隊に、中核として組み込まれる」
「中核、ですか」
ヒカリの声に緊張が滲む。
「これまでの実績を考えれば当然の措置だ。荷が重いのは分かっているが、頼む」
ギルドマスターは深く頭を下げた。街の代表がここまでするのは、初めてのことだった。
準備の合間、俺はフィーネと共に資料室に籠もり、魔王に関する古い文献を漁った。
「めぼしい情報、あったか」
「断片的にはあります。ただ、どれも噂の域を出ません」
フィーネはページをめくりながら続けた。
「一つだけ気になる記述があります。古い時代の伝承に、魔王はかつて人であったという一節が」
「人だった、のか」
「真偽は不明です。ただ、もしそれが本当なら、権能の理解の仕方が変わってくるかもしれません」
その言葉に、俺は少し考え込んだ。人だったものが魔王になる。その過程にはきっと何かの物語があるはずだった。だが今はまだその先を想像する材料が足りなかった。
「イチさん、ここにいたんですね」
資料室の入口から、ヒカリが顔を覗かせた。
「探したか」
「探しました。準備、手伝ってほしくて」
俺はフィーネに一声かけて、資料室を出た。
宿の一室で、ヒカリは旅装の点検をしていた。武具や薬品を並べ、一つ一つ確認していく。
「これで、足りると思いますか」
「足りるかどうかは、行ってみなきゃ分からない。だが、できる準備は全部した方がいい」
俺はヒカリの荷物を一緒に確認しながら、ふと手を止めた。
「これ、まだ持ってたのか」
荷物の奥に、小さな組紐のお守りがあった。俺が渡したものと対になる、あの品だった。
「当たり前です。肌身離さず持ってます」
ヒカリはそう言って、お守りを首元から取り出して見せた。旅の間中、ずっと身につけていたらしい。
「今度の戦いは、今までと違う。俺も正直、不安がないわけじゃない」
珍しく本音を漏らすと、ヒカリは驚いたような顔をした。
「イチさんでも、不安になるんですね」
「なるに決まってるだろ」
「そうですよね。当たり前ですよね」
ヒカリは小さく笑って、俺の手を握った。
「不安でも、一緒に行きます。それは変わりません」
その言葉に、俺は少しだけ安心した。
出発前夜、五人はいつもの隅の食卓に集まった。ガルドが久しぶりに酒を頼み、クレアが軽い料理を注文する。フィーネは珍しく、計算板をしまったまま、皆の話に耳を傾けていた。
「明日から、しばらくこの席も見られなくなるな」
ガルドが感慨深げに言う。
「終わったら、また戻ってきましょう」
クレアがそう言うと、皆が小さく頷いた。
「イチ、最後に一つ聞いていいか」
ガルドが真剣な顔で尋ねる。
「なんだ」
「お前、魔王を前にしても、勘は働くと思うか」
その問いに、俺はしばらく考えた。
「分からない。ただ、これまでずっと見たことのない相手からでも何かしらの違和感は見つけてきた。今回もたぶん同じだと思う」
「頼りにしてる」
「大船に乗ったつもりでいろ、とは言えないけどな」
「それでいい。不確かでも、お前の勘の方が、他の何よりましだ」
その言葉に、五人が軽く笑った。緊張の中にある、ささやかな軽さだった。
夜が更け、それぞれの部屋に戻る前、俺は懐のお守りにもう一度触れた。半年間で積み上げてきたもの、五人で分かち合ってきた秘密、断ってきた誘惑、埋めてきた亀裂。持てるものを今夜もう一度数え直す。どれも小さなものかもしれない。だがその積み重ねだけが明日からの道のりを支えてくれる気がした。
窓の外、北の空は、相変わらず重い雲に覆われていた。だが、その雲の下で、五人分の覚悟だけは、確かに揺るがずにそこにあった。
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