第53話 三巻目の頁に、しおりを挟む
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第53話 三巻目の頁に、しおりを挟む
グロズ討伐、利用者の誘惑、ヴェイルの退場。三巻にわたって積み重なった出来事が、ようやく一つの区切りを迎えようとしていた。
「久しぶりに、何も予定のない一日だな」
ガルドが伸びをしながら、掲示板の前で呟く。
「たまにはいいだろ、こういう日も」
「だな」
街は平穏を取り戻し、討伐部隊の解散も正式に発表された。ヒカリの評価はさらに高まり、王都からの使者が定期的に訪れるようになっていた。それでも彼女は変わらず、いつもの隅の席、俺の隣に座っている。
「イチさん、皆に秘密を話してから、何か変わりましたか」
ヒカリが不意に尋ねてきた。
「変わった、というか」
俺は少し考えてから答えた。
「肩の荷が、少し軽くなった気がする」
「良かったです」
「お前が最初に知っててくれたから、今があるんだと思う」
その言葉に、ヒカリは嬉しそうに笑った。
夕食の席、五人が揃ったところで、フィーネが計算板を取り出した。
「三巻にわたる出来事、簡単にまとめてみました」
「まとめる、って、そんな暇あったのか」
ガルドが呆れたように言う。
「暇というより、癖です」
フィーネはページをめくりながら続けた。
「メルジェ討伐で私が知り、グロズ討伐でガルドさんが気づき、そして今、皆さん全員がイチさんの秘密を知る段階まで来ました。残るは世界そのものがイチさんを認識するという、はるか先の段階だけです」
「世界が、俺を」
「あくまで理論上の話です。今はまだ、想像もつきません」
フィーネの言葉に、俺は少し笑った。
「気の早い話だな」
「式を組む者として、先の展望は必要ですから」
そのやり取りに、クレアがくすくすと笑う。
「フィーネさんらしいですね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
食事のあと、宿の窓辺に立って、俺は三巻にわたる日々を振り返っていた。グロズが最後に見せた静かな表情。利用者の誘惑を断ったときの、揺るがない確信。ヒカリとの間にできた小さな亀裂と、それを埋めた丘の上での言葉。ヴェイルが去り際に見せた、噓のない笑み。そして、クレアに秘密を話した夜の温かさ。
どれも半年前には想像もしなかった出来事だった。名前の載らない支援要員という立場は今も変わっていない。だが、その立場を支える重みは確実に増えていた。
窓の外、遠くの空に、うっすらと雲がかかっている。魔王軍の幹部は三人とも、それぞれの形で退場した。だが、その先にいる本体はまだ何も動いていない。いずれ必ず動き出すはずだった。
前世で読んだ数えきれない物語の中で、こういう静かな区切りの夜はたいてい次の嵐の前触れとして描かれる。今回もきっと、その型から外れることはないのだろう。それでも今夜だけは、その予感を脇に置いておきたかった。
メルジェを越え、グロズを越え、利用者の誘惑を退け、ヴェイルを見送った。三巻分の物語が、今、静かに一つのしおりを挟もうとしている。
次に頁をめくるとき、何が待っているのか。俺にはまだ分からない。ただ、その頁の先にも今夜と同じように隣で支え合える誰かがいるはずだと、根拠のない確信だけが静かに胸の中に残っていた。
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