第52話 最後の一人に、話す夜
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第52話 最後の一人に、話す夜
ヴェイルが姿を消してから数日、街には静かな平穏が戻っていた。通商路の襲撃も止み、ギルドの通達も落ち着いた調子に変わっている。
「イチ、話がある」
ある夜、ガルドが改まった様子で声をかけてきた。
「なんだ」
「クレアのことだ。あいつだけ、まだ何も知らない」
その指摘に、俺は少し考え込んだ。フィーネはL2、ガルドはグロズ戦の一件でL3に近い理解に至っている。だがクレアにはまだ何も話していなかった。
「話すべきだと思うか」
「思う。あいつは、誰よりも俺たちの傷を見てきた奴だ。知らないままにしておくのは、なんか違う気がする」
ガルドの言葉には、確かな重みがあった。
その晩、俺はクレアを宿の裏手に呼び出した。ヒカリ、フィーネ、ガルドも、少し離れた場所で見守っている。
「イチさん、改まって、どうしたんですか」
クレアが不思議そうに首を傾げる。
「クレアに、話しておきたいことがある」
「なんですか」
俺は深く息を吸って、話し始めた。前世の記憶があること。物語の型を読み取る力があること。それを使って、これまでの戦いを支えてきたこと。
クレアは黙って、最後まで話を聞いていた。
「……そうだったんですね」
話し終えたあと、クレアはしばらく黙り込んでいた。
「驚いたか」
「驚きました。でも」
クレアは少し考えるように視線を落として、それから静かに笑った。
「なんとなく、分かってた気もします」
「気づいてたのか」
「はっきりとは分かってませんでした。ただ、イチさんがいるときといないときで皆の無事の度合いが違う気がしてたんです。治癒師として、誰の怪我が軽くて誰の怪我が重いかずっと見てきましたから」
その観察眼は、フィーネの分析ともガルドの直感とも違う、クレアならではのものだった。
「怒ってないのか。ずっと黙ってたことに」
「怒ってません。むしろ」
クレアは俺の手を、そっと両手で包んだ。
「話してくれて、嬉しいです。私だけ知らないままだったら、少し寂しかったので」
その言葉に、俺は胸が温かくなるのを感じた。
「これで、全員か」
少し離れた場所から、ガルドが声をかけてくる。
「ああ」
「長かったな」
「悪い。もっと早く話すべきだったのかもな」
「いや」
ガルドは首を振った。
「タイミングってもんがある。今日でよかったんだと思う」
フィーネが計算板を懐にしまいながら、静かに言った。
「これで式は、一つの完成を見ました。イチさんの秘密、そして皆さんそれぞれの秘密。全部が揃って初めて意味を持つ式でした」
ヒカリが俺の隣に立ち、そっと肩に触れた。
「半年前、私だけが知ってる秘密でした。今は、五人全員の秘密です」
「大所帯になったな、秘密の輪も」
「そうですね。でも、その分、心強いです」
夜風が五人の間を吹き抜けていく。誰も俺の功績を公に知ることはない。それでも、この五人だけは、確かに全部を知っている。
「これから、どうする」
クレアが尋ねる。
「特に変わらない。いつも通り、依頼をこなして、いつも通り、俺は後ろで支える」
「表向きは、ですよね」
「表向きはな。中身は、たぶん少し変わる」
その言葉に、皆が小さく笑った。
「メルジェ、グロズ、ヴェイル。幹部と呼ばれた三人は、これで全員退いたことになる」
ガルドが空を見上げながら呟く。
「残るのは、その先にいる本体だけだ」
「魔王、か」
俺の言葉に、フィーネが頷いた。
「今のところ、魔王本体の動きに関する情報はまだありません。ですが、幹部が揃って退場した以上、次の段階に進むのは時間の問題だと思います」
「怖いか」
ヒカリが尋ねる。
「怖くないと言えば嘘になる。でも」
俺は五人の顔を、一人ずつ見渡した。
「一人で立ち向かうわけじゃない。それだけで、だいぶ違う」
その言葉に、五人の表情が引き締まった。だがその引き締まり方には、以前とは違う確かな結束があった。
秘密を分かち合ったこの夜、俺たちは互いの重みを、初めて完全な形で背負い合うことができた。まだ見ぬ本体の脅威が控えているとしても、少なくとも今夜だけは、その事実が心強い支えになっていた。
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