第51話 見抜く者が、見抜かれない側に回る
お読みいただきありがとうございます。
第51話 見抜く者が、見抜かれない側に回る
吟遊詩人の証言を受け、俺たちは、通商路の襲撃事件を洗い直すことにした。
「襲撃のあった場所、全部地図に落としてみました」
フィーネが広げた地図には赤い印が幾つも打たれている。
「見事に街道沿いに散らばってるな」
ガルドが唸る。
「ただ、この散らばり方は少し不自然です」
フィーネが印の一つを指さした。
「情報が漏れているなら、もっと効率よく価値の高い荷だけを狙うはずです。ですが実際は価値の低い荷まで律儀に襲われています」
「律儀、というのは」
ヒカリが尋ねる。
「まるで決まった手順を機械的になぞっているような襲われ方です」
その分析に、俺は引っかかりを覚えた。
「機械的、か。フィーネ、密語の術式、常に完璧な情報が送れるものなのか」
「いえ。文献によれば送れる情報量には限りがあり、精度にもばらつきが出るとされています」
「だとすれば」
俺は地図を見つめながら考えを整理した。
「ヴェイルは完璧な情報を送ってない。だから実行役は、送られた情報を律儀に全部処理してるだけなんじゃないか。取捨選択せずに」
「実行役が指示を疑わずに動いている、ということですか」
「たぶんな。指示する側と実行する側の間に、信頼はあっても判断の共有はない」
その仮説に、フィーネの目が鋭くなった。
「面白い視点です。もしそうなら実行役を辿れば、指示の発信源にも近づけます」
数日かけて、俺たちは襲撃の実行役を追跡した。荒くれ者の傭兵崩れの一団で、報酬と引き換えに、誰かの指示に従っているらしいことが分かった。
「指示は、どこから受け取ってる」
捕らえた一人を尋問すると、男は震えながら答えた。
「声だけだ。夜になると頭の中に直接声が響く。誰の声かは分からない」
「頭の中に直接」
「ああ。逆らえば報酬を止める、と脅されてる」
その証言に、フィーネが確信を得たように頷いた。
「密語の術式は単なる会話ではなく、直接精神に働きかける形式のようです。だとすれば術者はかなり近い距離にいる可能性が高いです」
「近いっていうのは、この街にってことか」
「はい。おそらく」
その言葉に、食卓の空気が張り詰めた。
俺たちはギルドの協力のもと、街中の不審な人物を洗い出すことにした。だが、手がかりは少なく、数日が無駄に過ぎていった。
「イチさん、何か見えませんか」
ヒカリが尋ねる。俺はしばらく考えてから答えた。
「密語の術式、真偽を見抜く力もあるんだったな」
「ええ、そういう記述があります」
「だとすれば術者自身は、嘘をつかれることに敏感なはずだ。逆に言えば嘘をつかれ慣れてない」
「どういうことですか」
「普段からあからさまな嘘には即座に気づく相手だ。だから術者に近づくなら、嘘をつくんじゃなくこっちの本音をそのまま見せた方がいい」
その発想に、フィーネが目を見開いた。
「見抜く力を持つ相手には、見抜かれることを前提にした行動を取る、ということですか」
「そうだ。噓じゃなく本気で俺たちを探してるって態度を、街中に見せつける」
俺たちはあえて街の中心で公然と捜索を行った。誰が黒幕なのか分からないまま、本気で追っていることをあえて隠さなかった。
三日後の夜、宿の裏手で一人の男が待っていた。
「見つけたのは、あなたたちの方が先でしたか」
落ち着いた声だった。歳の頃は三十代半ば、地味な身なりの、どこにでもいそうな男だった。
「ヴェイル、だな」
「ええ」
男はあっさりと認めた。
「戦うつもりはありません。私の権能は、対人戦闘に向いていません」
「なんで、あんな襲撃を」
「利用者からの依頼です。あなた方の力量を測るための、いわば実験でした」
その言葉に、俺は静かな怒りを覚えた。
「実験のために何人も傷ついてる」
「申し訳なく思っています。ただ、私に拒否権はありませんでした」
ヴェイルは淡々と続けた。
「私の権能は嘘を見抜きます。だからこそ噓のない依頼にしか従えない立場にあります。利用者は、私に噓をつかず正直に対価を提示してくる。それが私が彼に従う理由です」
「それだけの理由で人を傷つけたのか」
「計算です。私は昔からそうやって生きてきました。感情ではなく、計算で」
その言葉に、俺はふと違和感を覚えた。
「本当に、それだけか」
「……何がです」
「あんたの声、さっきから少し揺れてる。計算だけで動いてる人間の声じゃない」
その指摘に、ヴェイルの表情が初めて動いた。
「見抜く力を持つあんたが、自分の嘘には気づかないんだな」
「私は、嘘は」
「ついてないんだろうな、事実としては。でも計算だけだって言い張るその言い方、自分を納得させるための言葉に聞こえる」
ヴェイルはしばらく沈黙していた。
「……昔、誰かを信じて裏切られたことがあります。それ以来、感情で判断するのをやめました」
「それも計算の一部か」
「そう、思っていました」
ヴェイルは静かに笑った。自嘲めいた、それでいてどこか救われたような笑みだった。
「面白いですね。見抜く側のはずの私が、あなたには見抜かれている」
「お互い様だろ」
「そうかもしれません」
ヴェイルはそう言うと、深く一礼した。
「今日限りで利用者との契約は解消します。もう街を襲うことはありません」
「信じていいのか」
「信じるかどうかは、あなた方次第です。ただ、私はもう噓のない生き方を選びたいと思います」
その言葉を最後に、ヴェイルは静かに闇の中へ姿を消した。追う者は、誰もいなかった。派手な決着ではない。それでも確かに、一つの脅威が静かに退場していった。
「あっさりしてたな」
ガルドが拍子抜けしたように呟く。
「たぶん、それでいいんだと思う」
俺の言葉に、誰も異論を挟まなかった。夜風が静かに吹き抜ける中、俺たちはそれぞれ今夜の決着の意味を噛みしめていた。
お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、今後の励みになります。




