第50話 密語を、盗み聞いた詩人
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第50話 密語を、盗み聞いた詩人
ヒカリとの距離が戻ってから半月ほど経った頃、ギルドに奇妙な報告が相次いだ。
「隣国との通商路で、荷馬車の襲撃が続いてる。しかも、狙いが妙に正確なんだ」
ギルドマスターが資料を広げながら言う。
「正確、というのは」
フィーネが尋ねる。
「積み荷の中身、護衛の人数、出発時刻。全部事前に知っていたとしか思えない精度で狙われてる」
「情報が漏れている、ということですか」
「その可能性が高い。だが、どこから漏れているのか、まったく掴めん」
その報告に、俺は嫌な予感を覚えた。
「幹部の三人目、まだ捕捉できてないんだったな」
「ああ。名は、ヴェイルというらしい。文献によれば、遠隔での意思疎通に長けた権能を持つ、と」
その言葉に、フィーネの表情が険しくなった。
「密語、という術式に近いものかもしれません。離れた場所同士で情報をやり取りする力です」
「情報屋、ってことか」
「はい。直接の戦闘力は低いとされていますが、それゆえに、厄介な相手です」
その夜、宿の食堂で夕食を取っていると、見覚えのある人影が入口に立った。あの吟遊詩人だった。
「お久しぶりです」
男は珍しく、いつもの飄々とした調子ではなく、どこか緊張した面持ちで近づいてきた。
「今日は歌いに来たわけじゃありません」
「珍しいな」
「実は、耳にしてしまったことがありまして。あなた方にお伝えすべきかどうか少し迷ったのですが」
男は声を落とし、周囲を気にしながら続けた。
「三日前、隣町の路地裏で妙な会話を耳にしました。片方の声は、以前この街で何度か見かけた男――勇者様たちに近づいていた、あの外套の人物です」
その名前に、食卓の空気が一気に張り詰めた。
「もう一人の声は」
「顔は見えませんでした。ただ声だけが妙で。誰もいない虚空に向かって話しているように聞こえたんです。まるで遠く離れた誰かと話しているような」
「何を話してた」
「詳しくは分かりません。ただ、通商路、という単語と、あなた方の名前が、確かに聞こえました」
その報告に、俺たちは顔を見合わせた。
「利用者と、ヴェイルが繋がってる、ってことか」
「断定はできません。ただ、可能性は高いと思います」
フィーネが計算板を取り出しながら、険しい声で言った。
「利用者は、イチさんを取り込めなかった。だとすれば次に情報を求めて動くとしたら、ヴェイルのような遠隔の権能者と手を組むのは筋が通ります」
その分析に、俺は頷いた。
「なんで、俺たちに教えてくれるんだ」
吟遊詩人に尋ねると、男は少し困ったように笑った。
「歌にできない話を、抱え込んでおくのは性に合わないんです。それに」
「それに」
「あなたのことを、もう少し近くで見てみたくなったので」
その言葉には、以前感じた好奇心とは少し違う、確かな親しみのようなものが混じっていた。
「情報、感謝する」
「いえ。今日のことは、誰にも歌いません。約束します」
吟遊詩人はそう言って一礼すると、静かに宿を後にした。
「厄介なことになったな」
ガルドが大剣の柄を握りながら呟く。
「情報を漏らしてる相手が誰かも分からないまま、通商路の襲撃を止めるのは骨が折れる」
「フィーネ、密語の術式、対策はあるのか」
俺の問いに、フィーネはしばらく考え込んだ。
「遠隔での会話自体を防ぐのは難しいです。ただ、術式には必ず起点があります。会話が行われた場所の痕跡を追えば、術者の居場所に近づける可能性があります」
「痕跡、って具体的には」
「まだ分かりません。ですが、調べる価値はあります」
その夜、俺たちはそれぞれの持ち場で次の一手を考え始めていた。利用者とヴェイルの繋がりが本当だとすれば、これまでとは違う種類の脅威が静かに輪を狭めてきていることになる。窓の外、月明かりの下、街はいつも通りの静けさを保っていた。だがその静けさの裏で、見えない密語が今もどこかで交わされているのかもしれなかった。
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