第49話 支えられ方を、初めて覚える
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第49話 支えられ方を、初めて覚える
ヒカリと気まずくなってから三日が経った。表向きは依頼をこなし食卓を囲んでいたが、二人の間の空気は以前よりずっと硬いままだった。
「イチ、いい加減にしろよ」
見かねたガルドが、依頼の帰り道に俺を呼び止めた。
「何がだ」
「何がだ、じゃねえよ。お前とヒカリ、ここ数日ずっと変な感じだろ」
「気づいてたのか」
「気づかない方がおかしい。何があった」
俺はしばらく黙っていたが、やがて事情を簡単に話した。旧塔での一件、それ以来の胸のざわつき、ヒカリとの間にできた溝。
「なるほどな」
ガルドは腕を組んでしばらく考え込んだ。
「イチ、お前昔俺に言ったよな。誰だって自分の中に消えない後悔の一つや二つある、埋めるために何かを頑張るのは情けないことじゃない、って」
「言った」
「あれ、そっくりそのままお前に返してやる」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「認められたいって願い、情けなくなんかない。ただその願いを自分一人で処理しようとするのが、お前の悪い癖だ」
「悪い癖、か」
「ああ。誰かに寄りかかるのも悪いことじゃないぞ。前にも言ったろ」
ガルドの言葉は、以前彼自身が受け取ったものをそのまま返しているだけだった。だがその分だけ重みが確かだった。
「ヒカリに、ちゃんと話してこい。誤魔化さずに」
「話して、何が変わる」
「変わるかどうかは話してみなきゃ分からんだろ」
その通りだった。俺は小さく頷いて街の中心へ向かった。
ヒカリはいつもの丘――半年前、彼女が言いかけて途中で止まった、あの丘にいた。夕暮れの光の中、一人で街を見下ろしている。
「イチさん」
振り返ったヒカリの表情は、驚きとそれでいてどこか予感していたような複雑なものだった。
「隣、いいか」
「どうぞ」
俺はヒカリの隣にいつもより少しだけ近い距離で座った。
「この前は悪かった」
「何が、ですか」
「お前が心配してくれてるのに、ちゃんと向き合わなかった」
ヒカリは黙って俺の言葉を待っていた。
「認められたい、っていう気持ちがある。半年前からずっとあったのかもしれない。名前が出なくてもいい、って自分に言い聞かせながら、心のどこかで誰かにちゃんと見てほしいと思ってた」
「知ってます、それくらい」
「知ってたのか」
「当たり前です。半年隣にいたんですから」
ヒカリはそう言って少しだけ笑った。
「その気持ち、私じゃ埋められませんか」
「埋められないんじゃない。ただ埋めてもらう、っていうやり方を俺はまだよく知らなかった」
その言葉に、ヒカリの目が大きく見開かれた。
「誰かに寄りかかるより先に自分一人で処理する方が慣れてた。半年やってきたことも全部そのやり方だった」
「今は」
「今は少し違う気がする」
俺はヒカリの方を見た。
「認められたいって思う自分を恥じる必要はない。ただその気持ちを埋めるのは、あの男の取引じゃなく、お前たちが積み重ねてくれたものの方がたぶん正しい」
その言葉に、ヒカリの目に涙が浮かんだ。
「遅いです、それに気づくの」
「悪い」
「悪いなら、これからちゃんとしてください。一人で抱え込む前に、まず私に言ってください」
「善処する」
「善処、じゃなくて約束してください」
「分かった。約束する」
ヒカリは涙を拭いながら、ようやくいつもの笑顔を見せた。
「丘の日の約束、覚えてますか」
「ああ」
「自分は誰かに何かを言われる価値のある人間だって、ちゃんと思えるようになったとき、って言いました」
「覚えてる」
「今日の話、その一歩になったと思います。全部じゃないですけど確かに一歩」
その言葉に、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「まだ遠いですけどね、その日は」
「気の長い話だな」
「気が長いくらいでちょうどいいって、前にも言いました」
二人で顔を見合わせて笑った。丘の上、夕暮れの光が二人を照らしている。断った誘惑の後に残った小さな亀裂は、こうしてまた少しずつ埋まり始めていた。
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