第48話 隣の距離が、初めて分からなくなる
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第48話 隣の距離が、初めて分からなくなる
あの夜以来、ヒカリとの間に、微妙な距離ができていた。
「イチさん、おはようございます」
朝食の席、ヒカリの声はいつも通りだった。だが、隣に座る位置が以前よりわずかに離れている。誰も気づかないほどのほんの数センチの差だった。だが俺にははっきりと分かった。
「今日の依頼、資料室の手伝いだそうだ」
「分かりました」
会話も、必要最低限のやり取りに近くなっていた。ガルドやクレアが軽口を挟んでも、ヒカリの反応はどこかぎこちない。
「なんか、二人とも変な空気だな」
ガルドが小声で俺に尋ねてくる。
「気のせいだろ」
「気のせいには見えねえけどな」
俺は答えを濁した。何が原因かは分かっていた。ただ、それをどう解消すればいいのか、答えを持てずにいた。
その日の夕方、ギルドの掲示板前で、あの外套の男を再び見かけた。以前より一段と踏み込んだ様子で、こちらをじっと見つめている。
「まだ諦めてないのか」
「諦めるつもりはありませんが、今日は違う話です」
男は静かに言った。
「勇者様との間に、隙間ができているようですね」
その指摘に、俺は言葉を失った。
「見ていれば分かります。あなたが私の申し出を断った日から、あなたの中で何かが揺れている。勇者様もそれを感じ取っています」
「あんたには関係ない」
「関係、なくはないでしょう。あなたが孤独を感じるほど、私の申し出はまた魅力を増します」
その言葉に、俺は苛立ちを覚えた。
「余計なお世話だ」
「そうかもしれません。ですが、事実は変わりません」
男はそう言い残し、去っていった。その言葉が、思いのほか深く刺さっていた。
その夜、宿の食堂でヒカリと二人きりになる場面があった。他の三人は、それぞれの用事で席を外していた。
「イチさん」
ヒカリが先に口を開いた。
「最近、あの男とまた会ったって、フィーネさんから聞きました」
「ああ」
「何を言われたんですか」
「大したことじゃない」
その返事に、ヒカリの表情が固くなった。
「また、それですか」
「別に、隠してるわけじゃない」
「隠してます。イチさんは、いつもそうです。自分の中で処理して、私には見せない」
珍しく強い口調だった。
「お前に心配かけたくないだけだ」
「心配させたくないんじゃなくて、頼りたくないんですよね、本当は」
その指摘は、思いのほか鋭かった。
「半年前から、ずっとそうです。イチさんは誰かを支えることには慣れてるのに、支えられることには全然慣れてない」
俺は反論しようとして、言葉が出なかった。図星だった。
「私は、イチさんの隣にいたいだけです。でも、隣にいさせてもらえてる気が、最近しません」
その一言に、俺の中の何かが軋んだ。
「そんなつもりじゃ」
「つもりじゃなくても、そう感じてます」
ヒカリの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
「私が信じてるって言っても足りないんですか。私が隣にいるだけじゃ、イチさんの中の何かは埋まらないんですか」
その問いに、俺は答えられなかった。答えられないこと自体が、答えのようなものだった。
「……分かりました」
ヒカリは静かにそう言うと、椅子から立ち上がった。
「今日は、もういいです。少し、一人にしてください」
彼女はそう言って、食堂を出ていった。残された俺は、しばらく動くことができなかった。
窓の外、夜の街の灯りがいつもよりずっと遠く感じられた。断ったはずの誘惑が、こんな形で自分の足元を崩していくとは思いもしなかった。認められたいという願いと支えられることへの不慣れさが絡み合ったまま、俺の中で解けない結び目になっていた。
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