第47話 断った後に、残るもの
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第47話 断った後に、残るもの
旧塔での一件から数日が経った。表向き、日常は何も変わっていなかった。依頼をこなし、食堂で軽口を交わし、夜になれば眠りにつく。だが俺の内側では、あの夜の男の言葉が、思いのほか長く尾を引いていた。
「今のままでいい、と本気で思っていますか」
その一言が、ふとした瞬間に頭の中で繰り返される。断ったことに後悔はない。それは確かだった。だが断ったからといって、その言葉が指摘した現実まで消えるわけではなかった。名前は出ない。功績は誰かのものになる。それは半年前から変わらない、この世界の綻びだった。
「イチさん、今日の依頼、どうしますか」
ヒカリの声に、俺は我に返った。
「ああ、悪い。なんの話だっけ」
「隣町の護送依頼です。もう三回も聞きました」
「悪い、ぼうっとしてた」
ヒカリは少し心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「最近、たまにそういう顔してます」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないと思います」
その指摘に、俺は言葉を濁した。
その日の依頼は特に問題なく終わったが、俺の頭の中はずっと別のことでいっぱいだった。あの男の言葉は間違ってはいなかった。名前が出ないことに慣れたつもりでいて、心のどこかで誰かに正しく認められたいという願いは消えていなかった。
夕食の席、フィーネが珍しく直接切り込んできた。
「イチさん、旧塔の一件から、少し様子がおかしいです」
「そうか」
「断ったこと、後悔してるんですか」
「してない」
「では、何が引っかかっているんですか」
鋭い問いに、俺はしばらく答えを探した。
「断った理由は、間違ってないと思ってる。ただ、あいつの言ってたことも、全部が的外れじゃなかった、って思う自分もいる」
「認められたい、という気持ちですか」
「たぶんな」
フィーネは計算板を見つめながら、静かに続けた。
「その気持ちは、否定するようなものじゃないと思います。ただ、その気持ちの埋め方を、あの男の手を借りずに探す必要があります」
「分かってる。だが、簡単には見つからない」
その夜、俺はヒカリと二人で宿の裏手に出た。夜風が心地よく頬を撫でる。
「イチさん、今日は付き合ってくれて、ありがとうございます」
「別に、いつものことだろ」
「いつもの調子じゃないから、心配してるんです」
ヒカリは真剣な顔で俺を見つめた。
「旧塔で、何を言われたんですか。断ったこと以外の部分、まだちゃんと聞いてません」
俺は少し迷ってから、あの男の言葉を要約して話した。正しく認める、という言葉。今のままでいいのか、という問い。
「イチさんは、それに動かされたんですか」
「動かされてはいない。でも」
「でも」
「あいつの言葉が、的外れじゃなかった部分もある、って思ってる自分がいる」
その正直な告白に、ヒカリはしばらく黙り込んだ。
「私は、イチさんのこと、ちゃんと認めてるつもりです」
「知ってる」
「でも、それだけじゃ足りないんですか」
その問いに、俺は答えられなかった。ヒカリの声には、傷ついたような響きが微かに滲んでいた。
「足りないなら、足りないって言ってください。私はイチさんのために何ができるのか知りたいんです」
「そういう話じゃない」
「じゃあ、どういう話ですか」
珍しく、ヒカリの声が強くなった。
「私には、分かりません。イチさんが何を考えてるのか、最近ずっと」
その言葉に、俺は何も返せなかった。沈黙が二人の間に落ちた。夜風だけが、気まずさを埋めるように吹き抜けていく。
「今日は、もう休みます」
ヒカリはそう言って、俺の返事を待たずに宿の中へ戻っていった。その背中を見送りながら、俺は自分の中に生まれた小さな亀裂に、ようやく気づき始めていた。
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