第42話 姿を見せた、圧の名前
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第42話 姿を見せた、圧の名前
四度目の崩落から少し進んだところで、坑道が唐突に開けた。天然の空洞らしき広い空間に出ると、その中心に、それはいた。
人の形をした岩の塊、というのが最初の印象だった。二メートルを超える巨躯、灰色の肌には亀裂のような模様が走っている。目に当たる部分から鈍く赤い光が漏れていた。
「グロズ、か」
部隊長が低く呟く。巨躯がゆっくりと振り返り、赤い光がこちらを捉えた。
「……来たか」
低く重い声が空洞に響いた。感情の起伏の薄い、それでいて確かな意志を持った声だった。
「言葉を、話すのか」
ヒカリが驚いたように呟く。
「メルジェとは、そこも違うな」
俺は巨躯の全身に目を走らせた。攻撃の予兆を探す。だが、これまでの敵と違い、動く前の重心移動や筋肉の緊張といった分かりやすい前触れが見当たらない。
「散開! 距離を保て!」
部隊長の号令に隊列が広がる。グロズは動かないまま静かにこちらを見据えていた。
「お前たちの仲間が、俺の眠りを妨げた」
グロズが淡々と言う。
「眠り、だと」
ガルドが問い返す。
「この山は、俺が最後に選んだ場所だ。誰も来ない、誰にも見つからない場所のはずだった」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。侵略者にしては、口調に妙な諦観が滲んでいる。
「あんた、何を守ってる」
思わず尋ねると、グロズの赤い光が俺の方へ向いた。
「守っているのではない。ただ、朽ちる場所を探していただけだ」
「朽ちる、だと。魔王軍の幹部だろ、あんた」
ガルドが声を荒げる。
「かつては、な。今は、それすら曖昧だ」
グロズの声には、抑揚がほとんどなかった。
「お前たちが来なければ、俺は静かに朽ちていくつもりだった。だが目の前に立たれた以上、応える他ない。それが俺に残された唯一の役目だ」
その言葉と共に周囲の岩肌がひび割れる音が響いた。俺はとっさに叫んだ。
「散れ! 何か来る!」
次の瞬間、空洞全体が震え、四方の壁から同時に岩が弾け飛んだ。部隊が一斉に散開する中、俺はグロズの動きだけを見続けていた。腕も足もほとんど動いていない。それなのに、周囲の岩そのものが意志を持ったように攻撃してくる。
「触れなくても、壊せるのか」
フィーネが杖を構えながら、険しい声で言う。
「権能の範囲が、この空洞全体に及んでいます。逃げ場が、ほとんどありません」
「クレア、下がってろ! ヒカリ、フィーネの盾になれ」
俺の指示に、ヒカリが即座に反応する。だが盾になろうにも、飛んでくるのは矢や刃ではなく空間そのものの崩壊だった。
「防ぎようがないぞ、これは」
ガルドが唸る。
「防ぐんじゃない、避け続けるしかない。動きを止めるな!」
俺の声に、隊列がばらばらと散開しながら攻撃をかわしていく。だがグロズの言う通り、攻撃の精度は着実に上がり続けていた。避けた先にまた崩落が来る。息をつく暇もない。
「イチ、これ、いつまで持つ」
ガルドが叫ぶ。俺は即答できなかった。今のところ、グロズの攻撃に明確な弱点は見えていない。だが同時に、さっきの言葉が頭の中で引っかかり続けていた。
朽ちる場所を探していた。応える他ない、それが残された役目だ。
その言葉の意味を、俺はまだ掴めていなかった。ただ、目の前の敵が、単純な悪意だけで動いているわけではないことだけは、確かに感じ取っていた。
「ガルド、お前の弟のことと、こいつは関係あるのか」
崩落を避けながら、俺は思わず尋ねた。
「分からねえ。だが」
ガルドが大剣を構え直しながら、グロズを睨みつけた。
「型が似てるかどうかなんて、もうどうでもいい。今、目の前にいる相手を止めなきゃ、誰も守れない」
その言葉に、俺は頷いた。廃坑の空洞に、崩落の音と五人の呼吸だけが、休みなく響き続けていた。まだ何一つ、この戦いの活路は見えていない。だが、退く選択肢もまた、どこにも残されていなかった。
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