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ベッタベタな異世界転生をしたあいつと同じパーティーにいるハズレ転生者の俺  作者: あさひ


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第4話 簡単なはずの依頼

お読みいただきありがとうございます。

第4話 簡単なはずの依頼


 森の中は、静けさだけがやけに厚みを持っていた。


 落ち葉を踏む五人の足音以外、何も聞こえない。普段なら鳥の鳴き声や虫の羽音が絶え間なく重なっているはずの場所で、この無音は明らかに異常だった。


「臭うな」


 先頭を歩くガルドが低く呟いた。俺にも分かった。獣脂と土が入り混じったような、ゴブリン特有の臭気だ。ただの巣ではなく、かなりの数が密集しているときにだけ濃くなる種類の臭いだった。


「フィーネ、探知できるか」


「反応、多いです。数えるのが馬鹿らしいくらいに」


 フィーネが杖を軽く掲げると、周囲にうっすらとした光の膜が広がった。地面の下、木の陰、あらゆる方向に散らばる反応が彼女の魔法を通して淡く可視化される。俺の目にもその数の多さは充分すぎるほど伝わってきた。


「思ってたより、二回りは規模がでかいな」


 俺の呟きに、ヒカリが振り返った。


「大丈夫です。私が前に出れば」


 その言葉が終わるより早く、茂みの奥から一斉に緑色の影が湧き出した。数にして三十は下らない。ゴブリンの群れが待ち構えていたように五人を取り囲む。


「囲まれた!」


 クレアの声が上がる。ガルドの大剣が唸りを上げて敵を薙ぎ払い、フィーネの詠唱が炎の壁を作って側面を塞ぐ。だがそれでも、群れの密度は減るどころか、奥からさらに湧き続けているように見えた。


 俺はその只中で、剣も魔法も持たないまま、ただ観察に徹していた。前に出ても足手まといにしかならない。それなら、せめて目の役目だけは果たす。


 群れの動きに、妙な規則性があった。


 ヒカリが斬り込む方向に対して、ゴブリンたちが露骨に道を空ける瞬間がある。逃げているわけではない。むしろ誘い込んでいるような動きだった。そして群れの最奥、木々の間に隠れるように一回り大きな個体が微動だにせず立っている。統率個体だ。角の形が他と違い、手にした棍棒には粗末ながら装飾めいた紐が巻かれていた。


 ここまでは、正直言って予想の範囲内だった。群れを操る個体がいて、それを叩けば統率が崩れる。前世で嫌というほど摂取した創作の中でも、いちばん擦り切れた定番の解法だ。ヒカリならその一撃を届かせる腕はある。だが、それだけなら俺がわざわざ口を出す必要すらない。


 違和感を覚えたのは、その統率個体の位置だった。


 群れの奥、ちょうど大きく張り出した岩の窪みを背にして立っている。あの窪みの形には見覚えがあった。前世で読んだ、とある魔物大全のような設定資料に似た図解が載っていたのを思い出す。音を集めて増幅させる、天然の共鳴装置に近い地形。統率個体が単に守られているのではなく、意図的にあの場所を選んで立っている可能性がある。


 だとすれば、あれは指揮官じゃない。


 あれは、まだ吠えていない呼び笛だ。


「ヒカリ、待て」


 俺の声に、彼女は斬り込む直前で足を止めた。信頼、というより反射に近い速さだった。


「あの奥のでかいの、いきなり突っ込んで斬るな」


「え、でも、あれを倒せば」


「岩の窪みに背をつけてるだろ。あの形、音を集めて飛ばす作りだ。あいつが吠えたら、この森のどこに何が潜んでても、全部ここに集まってくる。今の三十匹どころじゃすまなくなる」


「そんなこと、どうして」


 言葉に詰まった。前世の記憶が根拠だなんて、この場で説明できるはずもない。


「勘だよ。でも、外れてもいい方に外れる勘だ」


 我ながら苦しい言い方だった。だがヒカリは、それ以上追及しなかった。剣を下ろしたまま、俺の次の言葉を待っている。


「奥まで距離がある。俺じゃ、あそこまで届かない」


 悔しさよりも先に、事実として言葉が出た。剣も投擲武器も持たない俺には、あの位置にいる的に指一本触れる手段がない。できるのは、届く場所にいる誰かに正確な狙いを渡すことだけだ。


「フィーネ、風の道を作れるか。矢みたいに真っ直ぐ飛ぶやつを、あの岩の隙間狙いで」


 フィーネの視線が、ほんの一瞬だけ俺のほうへ流れた。指示の正確さに対する驚きなのか、それとも別の何かなのか、フードの陰でその表情までは読み取れない。だがその一瞬は、たしかにあった。


「一度きりなら、なんとか」


 彼女はそれだけ答えて、もう俺のほうを見なかった。今はそれどころではない、という顔で杖を構え直す。


「ヒカリ、フィーネの風に乗って跳べ。吠える前に、喉笛だ。囲みを崩すのはそれからでいい」


 説明している間にも、群れとの距離は縮まっている。統率個体の顎が、わずかに持ち上がるのが見えた。前触れだ。あと数秒で、あの呼び笛が音を上げる。


「フィーネ、今!」


 風が唸った。ヒカリの体が地を蹴る音もなく宙に浮く。


 だが群れの合間を抜ける軌道の途中、一匹のゴブリンが横合いから飛びかかり、風の道を掠めた。わずかに軌道が逸れる。予定していた真っ直ぐな線が崩れた。


「くっ……!」


 ヒカリの体勢が空中で傾ぐ。俺の喉から声が出かけたが、届く距離ではもうなかった。彼女は空中で無理やり体をひねり、逸れた分を自分の跳躍力だけで捻じ伏せるようにして、岩の窪みへの軌道を強引に取り戻した。俺の計算にはなかった、彼女自身の判断だった。


 統率個体の顎が完全に開ききる、その寸前。


 剣閃が一度だけ走った。


 音は、上がらなかった。


 統率個体が膝から崩れ落ちると同時に、周囲のゴブリンたちの動きが一斉に乱れた。統率を失った群れは、もはやただの烏合の衆だった。ガルドの大剣が容赦なく薙ぎ、フィーネの炎が退路を焼き、クレアの光がヒカリの傷を癒やす間もなく次の敵を押し返す。


 俺の一手は、最後の最後で彼女自身の判断に助けられていた。届けた言葉が完璧だったわけじゃない。完璧じゃない部分を埋めたのは、いつだってヒカリのほうだった。


 俺はその光景を、群れの外れからただ見ていた。手も足も出さないまま、届かなかった一手の代わりに、届く誰かへ言葉を渡しただけの傍観者として。


お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。


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