第3話 残り三人も、そろってベタだった
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第3話 残り三人も、そろってベタだった
南門の集合時間より十五分早く着いたのは、俺の癖みたいなものだ。前世でもそうだった。人より先に来て、人より先に状況を把握して、それから存在感を消す。今世でもその癖だけは律儀に引き継がれている。
門の脇の石段に腰かけて依頼書をもう一度眺めていると、向こうから、大柄な影が近づいてきた。
「よう、お前がイチか。ヒカリからよく聞いてる」
名乗る前に名前を当てられて、俺は少し面食らった。声の主は俺より頭ひとつ分は背が高い。背負った大剣の柄には使い込まれた傷が幾つも入っていて、その一本一本が伊達じゃないことを物語っていた。
「ガルドさん、ですよね」
「さん付けはいらん。パーティーの仲間だろうが」
豪快な笑い方だった。歯を見せて、腹の底から声を出す。前世の物語でも、こういう人間はだいたい信頼できる側に配置される。役割が分かりやすい、というのは案外貴重な資質だ。
「討伐対象、東の森のゴブリンだろ。俺の斧なら群れごと薙ぎ払える。楽な仕事だ」
「群れの規模、正確に把握してます」
「そこは現地で見ればいいだろ」
豪快さの裏に、雑さが同居している。それもまた分かりやすい形をしていた。俺はそれ以上突っ込まず、依頼書を折りたたんだ。この手の人間に事前の想定を細かく話しても、話半分にしか聞かれない。現地で目の当たりにしてから伝えたほうが早い。
ふと、ガルドの視線がギルドの掲示板のほうへ流れた。討伐依頼のずっと上の段、報酬の桁がひとつ違う高難度の依頼が貼られている一角だ。一瞬だけ笑い方から歯の見える豪快さが抜け落ちて、遠い場所を見るような目になった。だがそれも本当に一瞬で、俺が気のせいかと思い直す間もなく彼はいつもの調子で肩を回していた。
「イチさん、遅くなりました」
ヒカリの声のあとに、もうひとり分の足音が続いた。
俺の視線に気づいたのか、フードを目深にかぶった女性が、わずかに顎を引いてこちらを見た。目だけが、フードの陰から覗いている。静かな目だ、と思った。動きが少ない分、逆に、何かを見透かされているような気分になる。
「フィーネです。よろしく」
短い挨拶だった。無駄がない、という言い方もできる。ローブの裾から覗く杖の先端には見慣れない紋様が刻まれていて、その一点だけで彼女の術式が並のものでないことが窺えた。
「イチさんは索敵担当なんです。すごく頼りになるんですよ」
ヒカリが横から口を挟む。フィーネはそれを聞いて一瞬だけ視線を俺のほうに留めた。値踏みするような、というほど大げさなものではない。ただその一瞬だけで、頭の中を静かに覗かれた気がした。
「索敵、ですか」
「ああ、まあ。地味な仕事だよ」
「地味な仕事ほど、抜けがあると全部崩れます」
感情の起伏がほとんどない声で、フィーネはそう言った。褒められたのか釘を刺されたのか判断がつかない。ただこの一言で、この女がただの後衛魔法使いではないことは分かった。俺のCランクという肩書きに余計な色をつけずに向き合ってくる。それが、なぜか少しだけありがたかった。
「皆さん、おはようございます」
最後に現れたのは、修道服姿の小柄な女性だった。丸みを帯びた声が、集合場所の緊張を少しだけ緩める。
「クレアです。今日もよろしくお願いしますね」
柔らかい物腰だった。誰に対しても均等に微笑む。前世で読んだ物語でも、こういう立ち位置の人間はだいたい、パーティーの緩衝材になる。刺々しさを吸収して場の空気を保つ役目だ。
「イチさんですよね。お噂はかねがね」
「噂ってほどのもんじゃないですよ」
「そんなことないです。ヒカリさんがいつも、イチさんのおかげでって言ってますから」
言いながら、クレアはヒカリのほうにちらりと目をやった。ヒカリは急に慌てた様子で依頼書を広げるふりをして視線を逸らした。何かを誤魔化そうとしているのが丸わかりだったが、誰もそれを追及しなかった。
こうして五人が揃うと、パーティーとしての形は、それなりに様になる。SSランクの勇者を筆頭に、豪腕の戦士、寡黙な魔法使い、心優しい聖職者。物語の型として、これ以上ないくらい綺麗に配役が揃っている。前世の俺だったら、この面子を見た瞬間に「あ、これは鉄板の並びだ」と苦笑いしていたに違いない。役割が予定調和なのを見抜いておきながら、自分がその予定調和のどこにも属していないことに気づかないふりをするのは、案外骨が折れる作業だった。
その中で俺だけが型に嵌まらない。Cランクの索敵係。物語の登場人物表があるなら、俺の名前の横にはきっと何も書かれない。せいぜい「その他大勢」の一角に、名前だけ小さく載る程度だろう。
それでいい、と思っている自分がいた。役割のはっきりした四人の間に立って、俺は自分の輪郭がどんどん薄くなっていくのを感じる。それは悪い気分ではなかった。舞台の中心にいる才能がないのなら、せめて舞台の外から支える側に回るのが分相応というものだ。
「じゃ、行くか」
ガルドが大剣を担ぎ直しながら先頭に立った。歩き出してすぐ、彼は思い出したように振り返った。
「イチ、お前も一応武器くらい持っとけよ。丸腰は俺の趣味じゃない」
「持っても使えないんで」
「使えなくても持ってりゃ格好はつく」
乱暴な理屈だったが、妙に説得力があった。ガルドはそれ以上何も言わず、また前を向いて歩き出した。フィーネが無言でその後ろに続き、クレアが荷物の最終確認をしながら小走りでついていく。ヒカリだけが俺の隣で足を止めたまま動かなかった。
「イチさん、行きましょう」
「先に行っててくれよ、俺は最後尾だから」
「隣、歩きたいんです」
理由になっていない理由だったが、ヒカリはそう言って聞かなかった。仕方なく並んで歩き出すと、少し前を歩くフィーネがフードの奥からもう一度だけこちらを振り返った。何かを確かめるような、あの静かな目だった。
東の森までは、徒歩で半刻ほどの道のりだ。道すがら、依頼書に書かれた「目撃報告の増加」という文言が、頭の中でまだ小さく引っかかったままになっている。単なる個体数の増加なら、もっと素っ気ない書き方をするはずだ。この妙に丁寧な言い回しには、書いた側にも何か迷いがあったように思える。
森の入口が見えてきたところで、ガルドが足を止めた。
「静かだな」
それだけ言って、彼は斧の柄を握り直した。俺も同じことを思っていた。木漏れ日はいつもどおり暖かく、風もいつもどおり葉を揺らしている。ガルドの軽口も、フィーネの静かな観察も、クレアの柔らかい笑顔も、さっきまでとまるで変わらない。何ひとつ変わって見えないのに、鳥の声がしない。虫の羽音もない。森というものは、本来もっと騒がしいはずだった。
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