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ベッタベタな異世界転生をしたあいつと同じパーティーにいるハズレ転生者の俺  作者: あさひ


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第2話 勇者は俺の隣に座る

お読みいただきありがとうございます。

第2話 勇者は俺の隣に座る


 酒場の喧騒というのは、どこの世界に行っても大体同じ密度でできているものらしい。木の匙が器を叩く音、誰かの武勇伝が三割増しで語られる声、そのすべてが天井の低い部屋に押し込められて、ひとつの重たい塊になって沈んでいる。俺はその塊の隅の席で、冷めかけたシチューを黙々と口に運んでいた。


 女神様の前でCランクという通知表を受け取ってから、かれこれ二年になる。直感というスキルの正体を突き止められないまま、荷運びと索敵の下働きで食い繋いできた二年だ。今日もこれといった予定はなく、依頼掲示板を眺めて日銭になりそうな仕事を探すだけの一日になるはずだった。


「イチさん、聞いてください」


 声のした方を見るまでもなく、誰だかは分かる。この半年、こんなふうに前置きなしで話しかけてくる人間はひとりしかいない。


 ヒカリだ。


 顔を上げると案の定、対面の椅子を引くのも待たずに彼女は俺の隣にどすんと腰を下ろした。銀の髪から立つ湯気みたいな熱が、冬でもないのにこっちまで伝わってくる。SSランク、勇者、この国が半年かけて探し続けた本命の人材。そういう肩書きの塊が、なぜか毎日律儀にこの隅の席まで歩いてくる。


「聞いてくださいって、まだ何も言ってないだろ」


「これから言うんです。順番があるんです」


 律儀な物言いだった。真面目なのか天然なのか、半年経った今も判断がつかない。


 俺たちの出会いは単純だ。俺が先にこの世界に落ちて、一年半ほど独りで右も左も分からないまま歩き回っていたところに、後から来たこいつが同じ女神の間に立たされていたのを見た。それだけの偶然だった。ただ、俺には前世の記憶が判定の瞬間からすんなり繋がっていたのに対して、ヒカリは自分の名前以外の何もかもをうまく思い出せない状態でこの世界に放り出されていた。


 だから教えた。通貨の数え方、ギルドの仕組み、この街で夜に出歩いてはいけない路地の位置。教えることしかできなかった、というほうが正確かもしれない。俺のスキルはCランクの直感、彼女のスキルはSSランクの何か途方もないもの。教える立場と教わる立場が、才能の順位とまるきり逆転している。そのねじれに、俺自身がいちばん戸惑っていた。


「今日、面白い依頼を見つけたんです」


 ヒカリはそう言って、折りたたんだ紙切れをテーブルに広げた。掲示板から剥がしてきたものらしい。


「東の森で魔物の目撃報告が増えてる、ってやつだろ。討伐依頼、報酬はそこそこ」


「見てないのに知ってるんですか」


「掲示板は毎朝見てる。お前が来る前に、な」


 驚いた顔をされるのにも慣れた。俺のこの手の勘は二年前から少しずつ育ってきたものだ。文字を目で追うより先に、なんとなく引っかかる依頼というのがある。今回もそうだった。魔物の目撃報告が増えている、という書き方には何か裏があるときの匂いがした。前世で似たような書式の依頼をどれだけ読んだか分からない。単なる個体数の増加ではなく、群れに何か変化が起きているときの、あの独特の言い回しだ。


「これ、簡単そうに見えて意外と骨が折れるやつだと思う」


「え、そうなんですか。すごく普通の依頼に見えますけど」


「勘だよ、ただの勘」


 それ以上の説明はしなかった。できなかった、が正しい。ただ心の中でだけこっそり付け加えていた。簡単な依頼ほど危ない、なんて言い回しは前世で浴びるほど読んだ物語の、いちばん手垢のついたお約束だ。地味な森の討伐依頼が、あとになって国の存亡がどうとかいう話に化けていく展開を、俺は数えきれないくらい知っている。もっとも、それを知っているからといって何ができるわけでもない。フラグを見抜くことと、フラグを折ることの間には天と地ほどの差があった。


「イチさんがそう言うなら、行ってみましょう。私、頑張ります」


 ヒカリはそう言って椅子に座り直した。座り直したはずなのに距離はさっきよりわずかに近くなっていて、肩の先が触れそうな位置に落ち着いた。


「なあ、もうちょい離れて座れないのか」


「狭いんです、この席」


「隣、丸々空いてるだろ」


「気にしないでください。イチさんはそのままでいいので」


 言っている意味がまるで噛み合っていないのに、ヒカリはそれで会話が成立したような顔をしている。俺はそれ以上追及するのをやめて、シチューの残りを片付けることにした。深く考えると、なぜか胸のあたりがざわつく気がしたからだ。腹が減っているせいだろう、たぶん。


「そういえば、イチさんはどうしてパーティーに入らないんですか。私、いつも誘ってるのに」


「Cランクが足を引っ張るだけだ。お前の隣は、もっとちゃんとした奴の席だよ」


「そんなことないです。イチさんがいないと、私、たぶん今頃野垂れ死んでました」


 冗談めかした言い方だったが、目だけは笑っていなかった。半年前、通貨の数え方も知らずに露店で全財産をだまし取られかけていたヒカリを助けたのは、たしかに俺だ。だが、それはただ先に来ていた人間が偶然通りかかっただけの話で、勇者の隣に並べるような手柄では断じてない。


「俺は何もしてないよ。お前が勝手に育っただけだ」


 これは本音だった。ヒカリの剣の腕も、魔法の制御も、この半年で彼女自身が積み上げたものだ。俺がやったことといえば街の地図を教えたのと、たまに危なっかしい依頼を止めたことくらいで、それはヒカリという原石が磨かれる過程に、ほんの少し立ち会っただけに過ぎない。誰かに順位をつけろと言われたら、俺の貢献度なんてせいぜい端数だ。それでいい、と自分に言い聞かせるところまでが、いつもの俺の落としどころだった。


 そのはずだった。


「イチさんは、そう思ってるんですね」


 ヒカリの声が、さっきより少しだけ低くなった。いつもならここで軽く流すところを、今日はめずらしく続きがあった。


「私、順番があるんです、って前に言いましたよね」


「ああ、さっき言ってたな」


「あれ、依頼の話だけじゃないんです」


 言葉の意味を掴みかねて黙っていると、ヒカリは急に我に返ったような顔をして紙切れを折りたたみ直した。さっきまでの律儀な喋り方が一瞬だけ崩れたのを俺は見逃さなかった。


「いつか分かってもらえたら、いいなと思ってます」


「何がだよ」


「秘密です。順番、まだ来てないので」


 子供みたいな言い方をして、ヒカリはにっこり笑った。その笑い方は幼く見えて、同時にどこか大人びていて、俺はやっぱり判断がつかないまま話を明日の集合時間に逸らすことにした。この手の話題を深追いすると、なぜかいつも自分のほうが先に居心地悪くなる。それが不思議で、そして少しだけ、面倒だった。


「明日、早朝に南門集合な。他の三人にも声かけとけよ」


「はい。ガルドさんとフィーネさんとクレアさんですね」


「お前がリーダーなんだから、お前が声かけろ」


「イチさんが言うと、みんなちゃんと動いてくれるんです」


 それは違う、と言いかけて俺は口をつぐんだ。実際のところ、俺が声をかけて三人が動いた記憶なんてほとんどない。ヒカリの記憶がすこし都合よくできているだけの話だろう。


 窓の外では街灯にぽつぽつと火が入り始めていた。明日の依頼のことを、俺は頭の隅で組み立て直す。魔物の目撃報告が増えている、という書き方の裏にあるものが何なのか、今はまだ形になっていない。ただ、なんとなく簡単には終わらない気がしていた。


 それが、あの女神ガチャで手に入れた直感というやつの、数少ない使い道だった。当たっても手柄にはならず、外れても誰にも責められない。いちばん割に合わないスキルだと、二年経った今でも思う。それでも隣の席が空くことは一度もなかったから、案外、悪くない外れくじだったのかもしれない。


お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。


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