第1話 失敗作の転生者
はじめまして。王道の異世界転生と勇者パーティーを、主人公ではない側から書いてみました。
最強でも勇者でもない主人公が、仲間の隣で何を選ぶのかを描く物語です。全64話です。よろしくお願いします。
第1話 失敗作の転生者
異世界に転生した。
こう書き出すと、大体の想像がつくと思う。トラックか過労か、その手のやつで死んで、目を開けたら真っ白な空間にいて、そこには見目麗しい女神様がいて、目を細めたくなるほどの光が迷惑なくらい満ちている、というアレだ。前世で数えきれないほど読んできた小説や漫画の、一ページ目そのままの景色だった。
安心してほしい、全部あった。トラックに轢かれて目を開けたら女神様と真っ白な空間と眩しい光が定番通りに揃っていて、俺はそれを見た瞬間、感動するより先に、あぁこれ知ってるやつだ、と思っただけだった。我ながら驚くほど冷静な感想だったと思う。
「あなたに、特別な力を授けましょう」
女神様は微笑んでそう言った。もしかしてこれは、と思った。前世の記憶を抱えたまま規格外のスキルで無双する、あの導入だ。脳裏に浮かんだ言葉はたった一つ、選ばれし者、というやつだった。
が、結論から言うとその予感はものの数秒で音もなく崩れて消えた。
この世界には才能をランクで測る仕組みがあって、上からSS、S、A、B、Cという五段階に並んでいる。女神様の説明によれば、勇者や英雄と呼ばれる人間は当たり前のようにSSを引くらしい。一方の俺はといえば、一番下のCランクだった。
Cだ、C。五段階の最下層。可もなく不可もなくという言葉すら輝いて見えるくらいの、地味の極みみたいな結果だった。判定を告げたあとの女神様の顔が少しだけ困っていたのを、俺は今でもはっきり覚えている。あらら、みたいな顔だった。女神様にそんな顔をさせる転生者がこの世にどれだけいるのか俺には見当もつかないが、ある意味では貴重な人材なのかもしれない。
そんなわけで俺は、輝かしい才能とも全てを包むような加護とも縁のないまま、前世の記憶だけを土産に異世界へ降り立った。人生逆転の大チャンスを開始一秒で見事に引き損なった、残念な男として。
「イチさん、聞いてください」
みんなは俺をイチと呼ぶ。名前をもじっただけの、しまりのない呼び名で、異世界に来てまでイチとは整理券の番号みたいなものだと自分でも思う。呼び名なんてどうせただの記号で、誰も深く気にしていない。
あの忌々しい転生をしてから二年が経った。Cランクでも死なずに逃げ回れる程度には慣れて、簡単な依頼をこなしながら俺はどうにか冒険者として食いつないでいる。剣は重いくせに振れば非力で、魔法もようやく下級が使えるくらいだ。要するに下っ端もいいところだった。唯一使えると呼べる武器は前世の記憶と、ほんの少しばかりの目の良さくらいのものだ。
「イチさん?」
ただ一つだけ、他の連中にはない強みがある。俺はこの世界の「お約束」を知っている。
前世で異世界ものの小説や漫画やゲームを、数えきれないほど読んできた。魔物がどう動くか、ダンジョンがどんな造りになっているか、この展開のあとに何が来るのか。物語の定石というやつが嫌になるほど頭に入っていて、この世界は、その定石どおりに驚くほど素直に動く。誰かが書いた筋書きをなぞっているみたいに、時々は外すが。
だから力がなくても生きていける。頭の中の攻略本を頼りに危ない橋を避けて、できる限り目立たないように地味に立ち回る。それでいいと思っている。俺は主人公ではないのだから。
主人公というのはもっと眩しいやつのことを言う。たとえば、そう、いま俺の向かいに座っているこいつみたいな。
「イチさん、聞いてくださいよ」
冒険者ギルドの酒場、その隅のテーブル。木の天板を挟んだ向こうに、ひとりの少女が座っている。艶のある銀の髪にまっすぐな目、光を集めてきたような顔立ちで、通りを歩けば十人が十人振り返るだろう容姿だった。笑うと空気がぱっと明るくなって、声は鈴を転がすように響く。
「ん、悪いヒカリ。ぼうっとしてた」
この少女ヒカリは控えめに言っても規格外だ。ランクはもちろんSS、ギルドの鑑定士が測定器を三度見直したうえで震える声で神の奇跡と呟いたというくらいのSSランクで、生まれた瞬間から色んな世界の神様に気に入られてきたような人間だった。
ヒカリはランクこそ天地ほど離れているが、俺と同じ転生者で、俺がこの世界に来てから一年半後に、同じ女神様のところを通って同じように落ちてきたらしい。それなのに引いたものは正反対で、こっちがCならあっちはSS。同じ扉をくぐって片方が大ハズレで片方が大当たりというのだから、あの女神様には一言くらい文句を言いたくなる。
そのヒカリがキラキラした目で俺を見て、こう言った。
「私、勇者になりました!」
俺はしばらく黙った。
勇者。異世界。選ばれた少女。輝く才能。表裏のないまっすぐな心。前世で百回は見た組み合わせだった。こういう子がこういう顔でこの台詞を言うところから、世界を救う華々しい冒険が始まる。あまりにもベタな一ページ目だった。
そして俺はといえば、その物語の隣にいる。主人公でもヒロインでもナレーションですらなく、たまたま同じパーティにいるだけのCランクの、その他大勢だった。
ヒカリはどうですか、という顔でこっちの反応を待っている。褒めてほしそうな子犬みたいな目で、よく見れば左右に振れる尻尾があったのかもしれない。俺はなるべく気の利いたことを言おうとして少し間を置き、結局こう返した。
「そうか。よかったな」
「はい!」
まぶしい笑顔だった。
やれやれと思う。どうやら俺はずいぶん面倒な物語に巻きこまれてしまったらしい。
これはそういう話だ。ベッタベタな異世界転生をした大当たりの勇者と、その隣で大ハズレを引いた俺の話。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
Cランクのイチと、SSランクの勇者ヒカリ。正反対の二人が、これから少しずつ同じ物語を歩いていきます。
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