第39話 押し潰す前に、押し潰される音を聞く
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第39話 押し潰す前に、押し潰される音を聞く
合同討伐部隊の出発は、通達通り二週間後だった。今回の集合場所は隣国との境にある要塞都市で、街から馬車で四日の距離だった。
「五十人以上って聞いてたけど、実際見るとすごい人数だな」
要塞都市の広場に集まった部隊を見渡して、ガルドが感嘆の声を上げる。三カ国の紋章を纏った兵士たちが、整然と列を作っていた。
「イチさん、今回も支援要員として」
ヒカリが尋ねると、部隊長――メルジェ討伐でも共に戦った男が、横から答えた。
「今回はもう少し立場が明確になる。索敵・対幻術班の実質的な指揮役として正式に組み込む」
「指揮役、ですか」
「メルジェのときの功績は、上にも伝わっている。名前を出したくない、という希望は尊重するが、役割までは隠しきれん」
その言葉に、俺は少し戸惑った。名前は出ない。だが役割は認められている。半年前には想像もしなかった立ち位置だった。
出発の前夜、幕営地でフィーネが地図を広げていた。
「グロズの拠点は、ここから北へさらに三日。山を越えた先の廃坑らしいです」
「廃坑、か」
「地形的に、逃げ場が少ない場所です。相手にとっても、こちらにとっても」
フィーネの分析に、俺は頷いた。
「破砕、っていうスキルは、具体的にどう働くんだ」
「文献によれば、接触した対象の防御的性質を無効化する、とあります。鎧も盾も、魔法の障壁すらも意味を成さない」
「回避しかない、ってことか」
「今のところは、そう考えるべきです」
その夜、俺は一人で見張りに立っていた。焚き火の明かりが届かない場所まで歩いていくと、遠くの山の稜線が、月明かりの下でぼんやりと浮かび上がっている。
「イチさん」
背後からヒカリの声がした。
「見張り、代わりましょうか」
「まだいい。少し、頭を整理してた」
ヒカリは俺の隣に座って、同じ方角を見つめた。
「グロズの拠点、怖いですか」
「怖い、というより、読めない相手だ。防御を無視する力なんて、前世の記憶にも近い型がない」
「型がないと、不安になりますか」
「なる。今までは、多少なりとも当たりをつけられてた。今回は、それが利かない」
ヒカリはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「型がなくても、イチさんはいつも、その場で見つけてきました。私はそれを、ずっと見てきました」
その言葉に、俺は少し救われた気がした。
「明日から、山を登る。何が起きるか分からない」
「はい」
「無茶するなよ、お前」
「イチさんこそ」
二人で顔を見合わせて、少しだけ笑った。緊張の中にある、ささやかな軽さだった。
翌朝、部隊は山道を進み始めた。木々が疎らになり、灰色の岩肌が目立つ地形が続く。二日目の午後、先頭を進んでいた斥候部隊から、緊急の伝令が飛んできた。
「前方に、廃坑の入口を確認! 同時に――」
伝令の声が、途中で不自然に途切れた。
「同時に、何だ」
部隊長が鋭く問う。
「入口付近で、岩が、勝手に潰れていくのを目撃しました。何もない場所で、突然」
その報告に、隊列の空気が張り詰めた。
「何もない場所で岩が潰れる、というのは」
フィーネが眉をひそめる。
「離れた場所からでも、効果が及ぶ可能性があります」
「接触しなくても、破砕が発動するってことか」
俺の問いに、フィーネは険しい顔で頷いた。
「文献の記述より、権能の範囲が広い可能性があります。要警戒です」
部隊が慎重に前進を再開する。俺は周囲の岩や地面の様子にこれまで以上に神経を尖らせていた。目に見える予兆は何もない。ただ時折、遠くで何かが軋むような鈍い音だけが聞こえてくる。
「今の音」
「聞こえました」
フィーネが即座に反応する。
「何かが潰れる音です。今度は、こちらに近い場所で」
部隊全体が足を止めた。誰も声を発しない。ただ、鈍い破砕音だけが山の奥から不規則に響き続けていた。押し潰す本人の姿はまだどこにも見えない。だが確かに、何かが少しずつこちらへ近づいてきている気配があった。
「散開しすぎるな。固まって進め」
部隊長の声に、隊列が慎重に隊形を整える。俺は懐のお守りに触れながら、廃坑の入口の方角を見据えた。破砕という力の正体は、まだ何一つ掴めていない。だが、その音だけは、確かに耳に刻まれ始めていた。
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