第38話 破砕、という二文字の噂
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第38話 破砕、という二文字の噂
次期討伐計画の詳細が正式に通達されたのは、二巻目の頁が閉じてから半月後のことだった。
「幹部の二人目、名はグロズ。スキルは『破砕』と記録されている」
ギルドマスターが資料を広げながら、重い声で読み上げる。
「メルジェとは、まるで質が違う。防御を無視して押し潰す、単純だが最も厄介な力だ」
「防御を、無視」
クレアが不安げに聞き返す。
「盾も鎧も、意味を成さないということですか」
「その通りだ。既に北方の砦が一つ正面から潰されている」
その報告に、食堂の空気が重くなった。
「才能ランクは、A上位からS相当と見られている。三幹部の中でも、最も戦闘力が高いという評価だ」
ガルドが腕を組んだまま資料の文字をじっと見つめていた。その表情には、いつもの好戦的な光ではなく別の何かが浮かんでいた。
「ガルド、大丈夫か」
俺が声をかけると、ガルドは我に返ったように瞬きした。
「ああ、悪い。ちょっと、引っかかっただけだ」
「引っかかった、とは」
フィーネが聞き返す。
「弟を殺した群れの統率個体、あれも防御を無視するタイプだった。似たような報告を昔一度だけ聞いたことがある」
その言葉に、食卓が静まり返った。
「関係あるのか、その群れとグロズに」
「分からない。でも、質感が似てる気がする」
ガルドの声には、いつもの豪快さが薄れていた。
「イチ、お前の勘は、これをどう見る」
その問いに、俺はまだ答えを持っていなかった。
「情報が少なすぎる。今のところ資料を読む限り、正面から力比べをする相手じゃないってことしか分からない」
「力比べをしない、ってのが逆に厄介だな」
「たぶんな」
ギルドマスターが咳払いをして、話を続けた。
「討伐部隊の再編成は、二週間後を予定している。今回はメルジェのときより規模が大きくなる見込みだ」
「規模、というのは」
フィーネが尋ねる。
「北方三カ国の合同部隊になる。総勢五十名を超える見通しだ」
その数字に、部屋の空気がさらに張り詰めた。
「俺たちも、参加するんですよね」
ヒカリが確認するように言う。
「もちろんだ。メルジェ討伐の実績がある部隊は、今回も中核に据えられる」
通達を聞き終えたあと、俺たちはそれぞれの支度に取り掛かった。だがその日の夜、俺はガルドの様子が気にかかって一人で酒場を訪ねた。
案の定、ガルドは隅の席で一人、グラスを前にしていた。
「また一人で飲んでたのか」
「よく分かったな」
「お前のパターンくらい、もう覚えた」
俺はガルドの向かいに腰を下ろした。
「グロズのこと、気になってるんだろ」
「ああ。正直に言うと、怖い」
ガルドは珍しく、素直にそう言った。
「弟を殺したあの群れと同じ匂いがする相手だ。今度こそ誰かを守り切れるかどうか、自信が持てない」
「墓参りのとき、村長に立派になったって言われたんだろ」
「言われたよ。でも、言葉と自信は、別物だ」
その言葉に、俺は少し考えてから答えた。
「自信がなくても動ける。お前はもう、それを証明してる。モルカ村でも谷底でも、お前は自信がないままちゃんと立ってた」
「あれは」
「自信があったからじゃなく、守りたいものがあったからだろ」
ガルドはしばらく黙って、グラスの中身を見つめていた。
「お前、たまにそういう、妙に的確なこと言うよな」
「珍しく酒でも入ったんじゃないか」
「一滴も飲んでねえよ、お前は」
軽口を交わしながら、ガルドの表情に少しだけ余裕が戻ってきた。
「グロズが弟の件と関係あるかどうかは、まだ分からない。ただもし関係があるなら、今度こそちゃんとケリをつけたい」
「付き合う」
「当たり前だろ、お前がいなきゃ話にならない」
その一言に、俺は少しだけ苦笑した。名前も出ない支援要員のまま始まったヒカリとのこの日々が、いつの間にか、こんな風に頼られる場所まで運んできてくれていた。
酒場を出ると、夜風が冷たく頬を撫でた。北の空には、うっすらと雲がかかっている。破砕という二文字の噂は、まだ形をなさないまま、街全体の空気を静かに変え始めていた。
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