第37話 二巻目の頁を、静かに閉じる
お読みいただきありがとうございます。
第37話 二巻目の頁を、静かに閉じる
メルジェ討伐からひと月が経った。街はすっかりいつもの落ち着きを取り戻し、討伐部隊の解散に伴って、俺たちも通常の依頼稼業に戻っていた。
「今日の依頼、隣町の護送だってよ。楽な仕事だな」
掲示板の前で、ガルドが伸びをしながら言う。
「楽な仕事があるだけ、ありがたいです」
クレアがそう言って笑う。
依頼を終えて街に戻る道すがら、俺はふとこの一月で積み重なったものを数え直していた。メルジェとの戦い、フィーネのL2、王都でのヒカリの証言、ガルドの墓参り。どれも半年前には想像もつかなかった出来事だった。
「イチさん、何を考えてるんですか」
ヒカリが隣から覗き込んでくる。
「いろいろ、思い出してた」
「いろいろ、って」
「この一月であったこと、全部」
ヒカリは少し考えるように黙り込んでから、小さく笑った。
「濃い一月でしたね」
「ああ」
宿に戻ると、フィーネが食堂の隅で計算板を広げていた。
「フィーネ、式の方はどうなってる」
「変数は、まだ増え続けています。ただ、以前よりずっと解きやすくなりました」
「なんでだ」
「答えを急がなくていい、と分かったからです」
フィーネはそう言って、計算板をそっと閉じた。
「イチさんの秘密も、ヒカリさんの気持ちも、私はまだ全部を知っているわけではありません。ですが、知らないままでも隣にいられることは分かりました」
その言葉に、俺は少し胸が温かくなった。
夕食の席、五人が揃ったところで、ギルドマスターから使いの者が来た。
「次期討伐計画について、報告がある。北方の脅威は、メルジェだけではなかったようだ」
その言葉に、食卓の空気が一瞬で引き締まった。
「まだ、幹部と呼ばれる者が複数存在するらしい。詳細は追って通達する」
使いの者はそう言い残して去っていった。
「まだ、続くってことか」
ガルドが低く呟く。
「たぶんな」
「イチさん」
ヒカリが真剣な顔で俺を見た。
「これから先も、私たちは同じ道を歩くんですよね」
「当たり前だろ。今更、聞くことか」
「聞きたかったんです、今日は」
ヒカリはそう言って、少しだけ照れたように笑った。
その夜、部屋の窓から外を見上げると、空にはいつになく澄んだ星が広がっていた。この半年で積み上げてきたものを、俺はもう一度、丁寧に数え直した。
名前の載らない支援要員という立場は変わっていない。だが今は、その立場を心配してお守りを縫ってくれる勇者がいる。秘密を分かち合い式を組んでくれる魔法使いがいる。過去に区切りをつけ、次の一歩を踏み出した戦士がいる。誰かの心を軽くすることを自分の仕事のように引き受ける聖職者がいる。そして、まだ姿の見えない誰かが静かにこちらの様子を窺っている。
前世で読んだ数えきれない物語の中で、こういう区切りの夜は、たいてい次の嵐の予兆として描かれる。実際、次の脅威が控えていることは、今日のギルドの報告で明らかになったばかりだった。それでも今夜だけは、そのことを深く考えたくなかった。
メルジェとの戦いを越え、フィーネがL2に到達し、ガルドが過去に区切りをつけた。そしてヒカリは、王都でも変わらず、自分の言葉で立っていた。二巻分の物語が、今、静かに閉じようとしている。
その他大勢のまま、俺はまた次の頁をめくる準備をしていた。次に待っているものが何であれ、少なくとも今夜数え直した重みの分だけ、以前より確かな足取りで進めるはずだった。
窓を閉めて、俺は静かに目を閉じた。まだ見ぬ幹部たちの影が、遠くでゆっくりと動き出している気配を感じながら。
お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、今後の励みになります。




