第36話 小さな村の、小さな墓標
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第36話 小さな村の、小さな墓標
王都の一件から半月ほどが経ち、街の空気が落ち着きを取り戻した頃、ガルドが休暇の申請を出した。
「例の村に、行ってくる」
「私も行きます」
クレアが即座に手を挙げる。ガルドは少し照れくさそうに頷いた。
「フィーネとイチは」
ヒカリが尋ねると、フィーネは首を振った。
「私は資料室に用があります。式の続きを、詰めておきたいので」
「俺も、留守番でいい。人数が多いと、ガルドも落ち着かないだろ」
俺の言葉に、ガルドは少し意外そうな顔をした。
「気を遣うことねえのに」
「気を遣ってるんじゃない。単に、あんたの墓参りに大勢でぞろぞろ行くのはなんか違う気がしただけだ」
「……そうかもな」
ガルドは小さく笑って、それ以上は何も言わなかった。
結局、ガルドとクレアの二人だけが、北の山村へ向かうことになった。旅立つ二人を見送ったあと、ヒカリが俺の隣でぽつりと呟いた。
「クレアさん、頼もしくなりましたよね」
「ああ」
「半年前は、依頼のたびに不安そうにしてたのに」
「みんな、変わったよ。お前もな」
その言葉に、ヒカリは少し照れたように笑った。
数日後、ガルドとクレアからの手紙が届いた。フィーネが受け取り、皆の前で読み上げる。
「村に着いた。思ったより、何も変わっていない。井戸の位置も、教会の鐘の音も、記憶のままだった」
手紙の文面は、いつものガルドらしくない、丁寧な字で綴られていた。
「弟の墓は、村外れの小さな丘にあった。名前と生まれた年と、死んだ年だけが刻まれた小さな墓標だった」
「クレアが祈りの言葉を捧げてくれた。俺はうまく言葉が出なかったが、それでよかったんだと思う。伝えたいことは、言葉にしなくても届いた気がした」
手紙の最後に、短い一文が添えられていた。
「イチに伝えてくれ。お前が見つけてくれる勝ち筋のおかげで、俺はまた誰かを守れる場所に立てている。弟に、そう報告してきた」
その一文を読んで、俺はしばらく何も言えなかった。
「よかったですね」
ヒカリが静かに言う。
「ああ」
「ガルドさんの中で、何かがちゃんと終わったんだと思います」
「終わった、というより、始まったんだと思う」
俺の言葉に、ヒカリが小さく頷いた。
「そうですね。守りたい理由が、後悔からこれからのものに変わったんだと思います」
その言い方は、いつになく的確だった。半年前のヒカリなら、こういう言葉選びはしなかっただろう。誰かの心の機微を見抜く力も、彼女はこの半年で着実に育てていた。
一週間後、ガルドとクレアが街に戻ってきた。二人とも、旅立つ前より少しだけ晴れやかな顔をしていた。
「ただいま。長い休暇、悪かったな」
「気にするな。お前の休暇くらい、いくらでも待つ」
俺が言うと、ガルドは大剣を担ぎ直して、少し照れくさそうに笑った。
「弟の墓、綺麗にしてきた。花も供えてきたし、村の連中にも顔を出してきた」
「良かったな」
「ああ。それとな」
ガルドは少し声を落として続けた。
「村を出るとき、村長に言われたんだ。お前は立派になった、って。昔は喧嘩ばかりの悪ガキだったのに、今じゃ勇者パーティーの一員だ、ってな」
「事実だろ」
「事実だが、面と向かって言われると、妙に照れるもんだな」
ガルドはそう言って、頭をかいた。その仕草には、以前のような影がすっかり抜け落ちていた。
その夜、宿の食堂で久しぶりに五人が揃った。ヒカリの隣にいる俺の席にも、誰も特に触れなくなっている。それが今の日常の形だった。
「そういえば、あの男の姿、最近見ませんね」
クレアがふと口にする。
「大人しくしてるってことか」
「あるいは、次の一手を練ってるだけかもしれません」
フィーネの言葉に、食卓の空気がわずかに引き締まった。だが誰もそれ以上その話を続けはしなかった。今夜は、ガルドの帰還を祝う夜だった。
窓の外、山村から戻ってきたばかりの空気が、まだ少し街の匂いに馴染みきっていない気がした。それでも、五人揃ったこの食卓は、半年前には想像もつかなかった確かな温かさを持っていた。誰かの過去に一つの区切りがつき、また新しい一日が積み重なっていく。その積み重ねの中に、俺たちは今、確かに立っていた。
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