第33話 留守番組の、静かな半日
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第33話 留守番組の、静かな半日
ヒカリが王都へ発ってから三日、街には奇妙な静けさが漂っていた。
「なんか、調子狂うな」
ギルドの掲示板前で、ガルドが大きく伸びをした。
「いつもならヒカリが真っ先に依頼を選んでるのにな」
「ガルドさんが決めればいいじゃないですか」
クレアがそう言うと、ガルドは腕を組んで唸った。
「俺が選ぶと、大抵、報酬額だけで決めちまうんだよな」
「昔からそうですよね」
「否定できねえ」
結局、その日は依頼を受けず、四人で街をぶらつくことになった。フィーネは珍しく資料室ではなく、俺たちと一緒に露店を回ることを選んだ。
「たまには、こういう日も必要だと思います」
「フィーネがそんなこと言うの、珍しいな」
「式は、詰めすぎると精度が落ちます。人間も同じかもしれません」
フィーネらしい理屈だったが、その裏には、この半月ほど根を詰めていた自覚もあるのだろう。
露店を回るうち、ガルドが古い武具屋の前で足を止めた。店先に、子供用の小さな木剣が並んでいる。
「懐かしいな、こういうの」
ガルドがそのうちの一本を手に取った。
「弟に、こんなのを作ってやったことがある。剣士になりたい、なんて生意気言ってたからな」
「トトさん、でしたっけ」
クレアが静かに名前を口にする。ガルドは驚いた顔をしたが、すぐに小さく笑った。
「イチから聞いたのか」
「いえ、ガルドさんが酒場で話してるの、たまたま聞こえて。詳しくは聞いてません」
「そうか」
ガルドは木剣を店主に手渡しながら、ふと呟いた。
「今度、故郷の村に、墓参りに行こうと思ってる」
その一言に、俺たちは足を止めた。
「弟の墓、まだ残ってるのか」
「ああ。小さな村だから、今でもそんなに変わってないはずだ。討伐が一段落したら、休暇をもらって行くつもりだ」
「私も、行っていいですか」
クレアが遠慮がちに手を挙げた。
「聖職者が一緒なら、弔いの作法も心強いです」
「別に、そんな大層なもんじゃ」
「大層じゃなくても、行きたいんです」
クレアの言葉に、ガルドは少し照れくさそうに頷いた。
「まあ、来たいなら好きにしろ」
俺とフィーネは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「ガルドさん、変わりましたね」
フィーネが小さく言う。
「東の森の一件からか」
「もっと前からだと思います。あの人の中で、何かがずっと動き続けている感じがします」
フィーネの観察は、いつも正確だった。半年前のガルドなら、弟の話を自分から切り出すことも、墓参りを口にすることもなかっただろう。
昼過ぎ、四人で食堂に入って遅い昼食を取った。ヒカリのいない席が一つ、いつもより広く感じられる。
「ヒカリさん、王都で元気にしてるでしょうか」
クレアが心配そうに言う。
「大丈夫だろ。あいつは、思ってるより肝が据わってる」
「イチさんがそう言うなら、安心です」
その言葉に、俺は少し照れくさくなった。誰かの太鼓判を、自分が押す立場になるとは、半年前には考えもしなかったことだ。
「そういえば、イチ」
ガルドが不意に声を落とした。
「昨日の夜、妙な男に絡まれたって聞いたが」
「フィーネから聞いたのか」
「ああ。何者だ、そいつ」
「分からない。ただ、あまり良い印象は持てない相手だ」
俺の言葉に、ガルドの表情が引き締まった。
「今度そいつが現れたら、一人で対応するなよ。俺たちに声かけろ」
「大袈裟だな」
「大袈裟なくらいがちょうどいい。お前は一人で抱え込む癖があるからな」
その指摘は、思いのほか胸に刺さった。半年前から、ずっとそうやって生きてきた自覚はあった。誰にも頼らず、名前も出さず、後ろで静かに支える。それが自分のやり方だと思っていた。
「覚えとく」
「ならいい」
午後の日差しが食堂の窓から差し込んでいた。留守番組の静かな半日は、こうして何事もなく過ぎていった。だがその静けさの中に、少しずつ確かな変化が積み重なっているのを、俺は感じていた。ガルドの弔いへの一歩、クレアの成長、フィーネの息抜き。誰も声高には語らないが、それぞれの時間が、確実に前へ進んでいる。
窓の外、王都へ続く街道の方角を、俺は何度も見やった。空いた一席のことを思い出すたびに、早くその席が埋まる日が来てほしいと、柄にもなく思っていた。
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