第31話 凱旋の列に、影が一つ紛れる
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第31話 凱旋の列に、影が一つ紛れる
街に戻ると、東門には見送りの日を上回る人だかりができていた。
「勇者様、お帰りなさい!」
「メルジェ討伐、お疲れ様でした!」
歓声が波のように押し寄せる。ヒカリは戸惑いながらも、いつものように手を振って応えていた。半年前、この街に着いたばかりの頃の彼女なら、こんな歓声に立ちすくんでいたはずだ。今は違う。歓声を受け止めるだけの重みを、彼女はもう身につけている。
列の最後尾、荷馬車の陰から俺はその光景を眺めていた。誰も俺の名を呼ばない。それはいつも通りのことで、今更どうということもない。
「イチさん」
隣に並んだフィーネが、小声で言った。
「今日の歓声、少し多すぎませんか」
「討伐が大きかったからだろ」
「それだけでしょうか」
フィーネの視線の先、群衆の端に、見覚えのない一団がいた。街の商人とも冒険者とも違う、上等な仕立ての外套を纏った男たちだ。彼らは歓声には加わらず、ただ静かにこちらの隊列を観察していた。
「あれは」
「分かりません。ただ、視線の質が違います。喜んでいる目じゃない」
フィーネの指摘に、俺も改めてその一団を見た。中心にいる男と、一瞬だけ目が合った気がした。値踏みするような、それでいて品定めをするような目だった。前世で読んだ物語なら、こういう視線の主は大抵、後の展開で厄介な役回りを演じる。
ギルドに到着すると、ギルドマスターが自ら出迎えた。
「よくやった。北の脅威が一つ減った意味は大きい」
初老の男は珍しく、満面の笑みを浮かべていた。
「討伐部隊全員に、特別報酬を出す。それと、ヒカリ殿には、追加の栄誉が贈られることになった」
「栄誉、ですか」
「王都から視察団が来ることになった。今回の討伐の功労者として、正式に謁見の場が設けられる」
その言葉に、周囲がざわついた。ヒカリの表情が、明らかに強張った。
「私が、王都で、ですか」
「そうだ。断れる話ではない。名誉なことだぞ」
ギルドマスターは上機嫌にそう言ったが、ヒカリの顔は複雑だった。
解散のあと、宿への帰り道でヒカリが俺の隣に並んだ。
「イチさん、王都に行くの、少し怖いです」
「なんでだ。栄誉なんだろ」
「栄誉が大きくなるほど、私の後ろに立ってる人が見えなくなっていく気がして」
その言葉に、俺は少し詰まった。
「気にしすぎだ。俺はいつも通り、後ろにいる」
「それが、怖いんです」
ヒカリは足を止めて、真剣な顔で俺を見た。
「後ろにいることに、イチさんが慣れすぎてしまうことが」
その言葉には、これまでの彼女の台詞とは違う重みがあった。俺は何と返せばいいか分からず、ただ黙って歩き続けるしかなかった。
宿に戻ると、フィーネが窓際で外の様子を窺っていた。
「さっきの一団、宿の周りをまだうろついています」
「尾行、ってことか」
「断定はできません。ただ、警戒はしておいた方がいいと思います」
その夜、俺が一人で井戸端に水を汲みに出たとき、暗がりから声がかかった。
「少し、お時間よろしいですか」
振り返ると、昼間見た一団の中心にいた男が立っていた。柔らかい物腰だが、目の奥は笑っていなかった。
「あんた、誰だ」
「名乗るほどの者ではありません。ただ、あなたに興味を持っている者、とでも言っておきましょうか」
男は一歩近づいて、静かに続けた。
「東の森の一件も、モルカ村の一件も、メルジェ討伐も。私の耳には、少し違う筋書きが届いています」
背筋が冷えた。だが顔には出さないように努めた。
「聞き間違いじゃないですかね」
「かもしれません。今日はご挨拶だけです」
男はそれ以上踏み込まず、深々と一礼した。
「いずれ、また」
男の一団は闇に紛れるように去っていった。俺はしばらくその場に立ち尽くしたまま、井戸の水を汲むことも忘れていた。吟遊詩人の目とは、また質の違う視線だった。あちらは好奇心から俺を見ていた。今の男は、もっと別の何かを計算しているような目をしていた。
部屋に戻る途中、フィーネと鉢合わせた。
「顔色が悪いです」
「ちょっとな。妙な男に声をかけられた」
昼間の一団のことを簡潔に話すと、フィーネの表情が険しくなった。
「用心してください。ああいう目をする人間は、大抵、何かを見返りに要求してきます」
「分かってる」
「分かっていても、油断はしないでください。イチさんは、断ることに慣れていない部分があると思うので」
その指摘は、思いのほか正確だった。半年前まで、俺は誰かに何かを求められることそのものに、ほとんど縁がなかった。求められることに慣れていない人間は、求められたときにどう振る舞えばいいか、実はよく分かっていない。
窓の外、街の灯りの向こうに、王都からの視察団を迎える準備の音が微かに響いていた。凱旋の歓声の裏側で、何かが静かに動き始めている。その気配だけが、夜が更けてもずっと肌にまとわりついていた。
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