第24話 指名された、その他大勢
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第24話 指名された、その他大勢
合同部隊の編成が正式に発表されたのは、ギルドマスターの予告から三日後のことだった。
「メルジェ討伐部隊、総勢二十三名。編成表は以下の通りだ」
ギルドの大広間に張り出された紙には、部隊長格の名を筆頭に名前がずらりと並んでいた。俺は自分の名前を探すより先に、この手の場面で自分の名がどこにあるのが普通かを無意識に考えていた。物語の型なら、こういう名簿の主人公の位置は決まって先頭か、目立つ真ん中だ。
「ヒカリ、っと。あった」
ガルドが指でなぞる。ヒカリの名は、部隊長の次、実質的な副将格の位置に記されていた。
「ガルド、クレア、フィーネも、ここにあるな」
俺は自分の名前を探した。見つからなかった。名簿の一番下、備考欄に近い場所に、小さくこう書かれているだけだった。
「支援要員、一名」
名前すら書かれていない。だが不思議と、失望はしなかった。この半年、名前が書かれない場所に自分がいることには、もう慣れきっている。
「これはおかしい」
ヒカリが名簿を睨みながら、珍しく強い声を出した。
「イチさんの名前が、どこにもありません」
「支援要員のところに、いるだろ。それで十分だ」
「十分じゃないです。モルカ村を見破ったのは、イチさんです」
「言うな、それは」
周りに人がいる場所での声量ではなかった。ヒカリが慌てて口をつぐむ。
「分かってます。分かってますけど、悔しいものは悔しいです」
その悔しさの向け先が自分ではなく俺の方にあることに、俺はどう応えていいか分からなかった。
その日の午後、部隊長――先日のモルカ村護衛でも顔を合わせた、傷だらけの鎧の男から、個別に呼び出しがかかった。
「支援要員としての参加、正式に頼みたい」
「支援要員、ですか」
「名簿には詳しく書けなかったが、実質は違う。今回の作戦は、幻術対策が生命線になる。お前の勘は、モルカ村で本物だと証明された。名前を出さずに済ませる代わりに、動きやすい立場で働いてもらいたい」
男は率直にそう言った。手柄を横取りする気配のない、実務的な言い方だった。
「名前を出さない方が、こっちも動きやすいです」
「そうか。妙な男だな、お前は」
部隊長は苦笑しながら、資料の束をこちらへ差し出した。
「メルジェの権能に関する既知の情報を、まとめてある。目を通しておいてくれ」
資料を受け取って部屋を出ると、廊下でフィーネが待っていた。
「私も、この部隊に加わります」
「知ってる。名簿にあった」
「イチさんと同じ班で動けるよう、部隊長に掛け合いました」
初めて聞く話だった。
「なんでそこまで」
「式の答えに、一番近づける場所だからです。それに」
フィーネは計算板を懐から出して、指先で珠を弾いた。
「モルカ村で、イチさんの指示が誰よりも早く危険を見抜いていました。同じ班にいれば、私の観測の精度も上がります」
打算的な言い方だったが、その裏に別の意図が透けて見える気がした。式の答えに近づくことは、俺という人間の輪郭に近づくことと、もう区別がつかなくなっている。
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
フィーネは小さく頷いて、資料室の方へ歩いていった。その背中を見送りながら、俺はふと、この女がここまで自分の意志で誰かに近づこうとするのを、初めて見た気がした。
出発は五日後と決まった。準備期間、街は普段よりどこか浮ついた空気に包まれていた。討伐部隊の噂は瞬く間に広まり、酒場ではあちこちで武勇伝の予想が語られている。誰もが英雄譚の続きを楽しみにしていた。
その浮ついた空気とは裏腹に、ガルドは毎日欠かさず武具屋に通い、大剣の手入れを繰り返していた。
「今度こそ、殿は俺の役目だ。前みたいな咄嗟じゃなく、最初から覚悟して立つ」
クレアはクレアで、治癒薬の調合に没頭していた。宿の一室に薬草の匂いが満ちて、彼女の指先には絆創膏の跡がいくつも増えている。
「今度こそ、誰も減らしません」
二人とも、俺に何かを言うわけでもなく、それぞれのやり方で出発の日に備えていた。その静かな覚悟の積み重ねを横目に見ながら、俺は自分がまだ何も準備できていない気がして、少し落ち着かなかった。
「イチさん、少しいいですか」
準備の合間、ヒカリが宿の裏手に呼び出してきた。手には、小さな布の包みを持っている。
「なんだ、それ」
「お守りです。クレアさんに作り方を教わりました」
包みを開くと、粗末な組紐に、小さな石がひとつ結ばれていた。
「不格好ですみません。裁縫は得意じゃないので」
「十分すぎる」
「今回の作戦、名簿には名前が載りませんけど、イチさんが一番危ないところに立つことは、私が一番分かってます」
ヒカリはそう言って、俺の手にお守りを握らせた。指先が触れた時間は、ほんの一瞬だったが、いつもよりわずかに長かった。
「無事に帰ってきてください。それだけが、今の私の願いです」
「大袈裟だな」
「大袈裟でいいです。今日だけは」
ヒカリの目には、丘の日に見せたのと同じ、真剣な光があった。あの日は言葉が途中で止まったが、今日は言葉の代わりに、この小さな重みを渡された気がした。
「帰る。約束する」
自分でも意外なほど、迷いのない声が出た。ヒカリは一瞬だけ驚いた顔をして、それから泣きそうな顔で笑った。
「はい。約束、守ってくださいね」
夜、部屋に戻ってお守りを見つめていると、窓の外から弦の音がかすかに聞こえてきた。あの吟遊詩人が、また街のどこかで歌っているのだろう。今度の遠征が終わったとき、この歌はどんな形に磨き上げられているのか、想像もつかなかった。
名簿の一番下、名前すら書かれない場所。それが俺の定位置であることに、不満はない。ただ、その場所に立つ人間を心配して、不格好なお守りを縫ってくれる誰かがいる。名前が載らないことと、誰かにとって大切な存在であることは、この世界ではまるで別の話らしかった。
前世の物語なら、名簿に名前のない支援要員というのは、たいてい戦況を左右しない添え物として描かれる。だが今夜、俺の手の中にあるこの重みは、添え物にしては、ずいぶんと確かな手触りをしていた。
その他大勢、で構わない。ただし、その他大勢のうちの一人にだけは、名前を呼ばれる場所を持っていたい。窓の外の弦の音が止むまで、俺はしばらく、そのささやかな贅沢を噛みしめていた。
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