第23話 物語の続きを、俺以外が書き足す
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第23話 物語の続きを、俺以外が書き足す
モルカ村の一件はギルドへの報告書にまとめられたあと、思いのほか早く街に噂として広まった。幻の村、消えた住人、それを見破った勇者パーティー。噂というのはいつも事実の一番派手な部分だけを選んで運ばれていく。
「幻を見破ったのは勇者様の直感だ、って話になってますよ」
クレアが依頼掲示板の前で、苦笑しながら小声で言った。
「事実と違うだろ」
「事実の一番おいしいところだけ、勝手に持っていかれてるんですよね」
いつものことだ。今更、腹も立たない。
夕方、広場に弦の音が響いた。あの吟遊詩人が、また街に戻ってきていた。今日の演目もモルカ村の一件で、旋律は前よりさらに磨き上げられている。「幻に惑わされぬ、勇者の澄んだ眼差し」という一節に、観客がどっと沸いた。
歌が終わると、男は例によって観客の間を回り、そして迷いなくこちらへ歩いてきた。
「先日の演目、いかがでしたか」
「よくできてたと思います」
「ありがとうございます。実は今日、賭けをしてみたんです」
男は愛想よく笑いながら、声を落とした。
「モルカ村で幻を見破った決め手は、洗濯物を叩く手の動きだったと聞きました。しかも、それを最初に指摘したのは剣士殿ではなく、その傍らにいた青年だった、とも」
背筋が冷えた。今回はどこから漏れたのか見当もつかない。
「聞き間違いじゃないですかね。俺は索敵担当ですよ、いつも通り」
「かもしれません。ですが、今日の歌には、あえてその名を出しませんでした」
「なぜです」
「賭けに負けたときの傷が、浅くて済むからです」
男は肩をすくめて、値踏みするような目をこちらに向けた。
「私はこの仕事を長くやっています。誰かの手柄が別の誰かに流れていく場面を数えきれないほど見てきました。大抵の場合、流された側は気にしていない振りをするか本当に気にしていないかのどちらかです。ですが、あなたはそのどちらでもない目をしている」
「買いかぶりすぎです」
「三度目ですね、その台詞」
男は初めて声を上げて笑った。
「面白い方だ。私はもう少し、あなたの物語を見てみたくなりました」
一礼して去っていく背中を見送りながら、俺は自分の手のひらにじんわりと汗がにじんでいるのに気づいた。三度目、と言われて初めて、これまでのやり取りを数えられていたことに気づく。相手は歌を作る側の人間だ。数えることには、こちらより慣れているのかもしれない。
その夜、宿の食堂でクレアが珍しく口数少なくテーブルについていた。
「どうした、元気ないな」
「……モルカ村のこと、思い出してしまって」
クレアはスプーンを持ったまま、視線を落とした。
「私の生まれた村も、小さい頃、疫病で人が減っていったんです。今回みたいに、外から見たら普通に見える時期がありました。まだ大丈夫、まだ大丈夫って、大人たちが言い続けてる間に、少しずつ減っていって」
初めて聞く話だった。
「だから、聖職者を目指したのか」
「はい。次に誰かが減っていくのを見るくらいなら、自分の手で減らないようにしたいと思って」
クレアは小さく笑ったが、その笑みには、いつもの明るさとは違う影があった。
「モルカ村の人たち、絵だけでも、幸せそうに笑ってたじゃないですか。あれが本物じゃないと分かってても、なんだか、救えなかった人たちの代わりみたいに見えてしまって」
「救えなかった人の代わりを、絵に押しつける必要はない」
「分かってます。分かってるんですけど」
クレアは目元を拭って、また小さく笑った。
「イチさんに聞いてもらったら、少し楽になりました」
誰かの重たいものを、少し軽くする。ガルドのときと同じことが、今夜も起きていた。俺にできることは、たぶんこの程度のことばかりだ。それでも、今夜のクレアの顔は、さっきより少し軽くなっていた。
食堂の隅では、フィーネが例の計算板を膝の上に置いて、報告書の写しを読み込んでいた。
「フィーネ、なんか進展あったか」
「モルカ村の幻術、メルジェの権能と特徴が一致します。ただの偵察にしては手が込みすぎている、というイチさんの読みも、たぶん正しいです」
「たぶん、じゃなくて、確信あるんじゃないのか」
「確信は、まだ持ちません。持った瞬間に、式は止まってしまいますから」
フィーネはページをめくりながら、抑えた声で続けた。
「進めば進むほど、分からないことが増える。前にそう言いましたが、今回はその逆です。分かることが増えるほど、答えに近づいている実感があります」
「悪い予感か、いい予感か」
「両方です。答えに近づくことと、危険に近づくことが、今回は同じ意味を持っています」
その一言に、食堂の空気がわずかに張り詰めた。
翌朝、ギルドマスターから五人揃って呼び出しがかかった。
「モルカ村の報告、上に通した。それと、街道沿いで似た幻術の報告が三件重なっている」
初老の男は資料を机に広げながら、重い声で続けた。
「ギルド連合は、これを個別の脅威ではなく、メルジェとやらを中心とした一つの動きとして扱う方針に切り替える。近く、討伐に向けた合同部隊の編成が発表されるだろう」
「俺たちも、その部隊に」
ガルドが身を乗り出す。
「まだ正式決定ではない。だが、モルカ村を最初に見破った実績を考えれば、声がかかる可能性は高い」
その言葉に、ヒカリの表情が引き締まった。それは高揚とも緊張ともつかない、これから来る何かに対する構えの顔だった。
ギルドを出てすぐ、ガルドが誰にともなく呟いた。
「今度こそ、殿は俺がやる。クレアの前に立って、誰も後ろに残さない」
「モルカ村でも、やってただろ」
「あれは咄嗟だ。今度はちゃんと、覚悟して立つ」
咄嗟と覚悟の違いを、ガルドは静かに区切って言った。弟の話を打ち明けたあの夜から、この男の中で積み上がってきたものが、また一段、形を変えたのが分かった。
「イチさん」
ギルドを出たところで、ヒカリが隣に並んで小さく言った。
「もし部隊に加わることになったら、今度こそ、私はちゃんと前に出ます」
「前にも出てただろ、いつも」
「そうじゃなくて。イチさんの見つけたものを、私の手柄にするだけの前じゃなくて」
ヒカリはそこで言葉を切って、少し迷ってから続けた。
「私自身が、イチさんの隣に立てる強さを持ちたいんです。丘の日、言いかけてやめた言葉の続きを、ちゃんとした自分で言うために」
その言葉に、俺は何も返せなかった。彼女の中で、あの日の宣言が、今も静かに育ち続けている。
宿への帰り道、日はすでに西へ傾いていた。橙色の光の中、遠くの広場でまだ弦の音が響いている。あの吟遊詩人は、今日はどんな物語を紡いでいるのだろうか。俺の知らないところで、俺の物語の続きが、少しずつ誰かの手で書き足されていく。
前世の物語なら、こういう「秘密を知る者が増えていく展開」の先には、大抵、暴露の場面が待っている。だが今のところ、この街の誰も俺を暴こうとはしない。ただ、それぞれのやり方で、静かに続きを書き足そうとしている人間が増えているだけだった。
フィーネは式で。ヒカリは強さで。吟遊詩人は歌で。そして俺自身は、まだどの続きも自分の言葉では書けずにいる。
窓の外で、弦の音が遠ざかっていく。次の音が鳴るとき、この物語がどこまで進んでいるのか、俺にはまだ分からなかった。
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