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ベッタベタな異世界転生をしたあいつと同じパーティーにいるハズレ転生者の俺  作者: あさひ


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第22話 視えているものを、疑う練習

お読みいただきありがとうございます。

第22話 視えているものを、疑う練習


 北の国境沿いに商隊護衛の依頼が出たのは、メルジェという名がギルド連合の通達に載ってから十日ほど経った頃だった。


「護衛先は境の村、モルカ。ここ数日、連絡が途絶えているそうだ」


 ギルドマスターが地図を指でなぞりながら言う。俺たちの街から馬車で二日、これまで受けてきた依頼の中では一番遠い。


「連絡が途絶えてる時点で、ただの護衛じゃなさそうだな」


 ガルドが大剣の柄を撫でながら呟いた。以前なら真っ先に報酬額を確認していたはずの男が、今は依頼の中身の方を先に見ている。


「油断はするな。だが、深追いもするな。異変があれば即座に報告、それが今回の最優先だ」


 ギルドマスターの言葉に、フィーネが小さく頷いた。彼女の腰には、あの計算板が今日も下がっている。


 馬車に揺られて二日、国境沿いの空気は街中とは明らかに違った。木々の緑がどこか色褪せて見えるし、道端の花もほとんど咲いていない。前世の記憶にある「災害の後の風景」という型に、この光景はよく似ていた。


「イチさん、なんだか静かすぎませんか」


 ヒカリが手綱を握りながら、隣に座る俺に小声で言った。


「ああ。虫の音がしない」


 この二日、街道沿いではずっと蝉に似た虫の声が響いていたのに、村へ近づくにつれてその音が消えていった。生き物の気配が薄い場所には、大抵、生き物が避ける理由がある。


 モルカ村が見えてきたとき、俺は思わず馬の手綱を強く握った。


「普通に、人がいるな」


 村の入口には、洗濯物を干す女性の姿があった。畑では老人が鍬を振るい、井戸端には子供たちが集まって笑い声を上げている。連絡が途絶えたという報告とはまるで違う、平和そのものの光景だった。


「連絡が途絶えたって話、誤報だったんでしょうか」


 クレアがほっとしたように言う。だが俺の胸のざわつきは、消えるどころか強くなっていた。


「フィーネ、探知は」


「反応、あります。ただ……妙です」


 フィーネが杖を構えたまま、眉をひそめた。


「村人の反応が、輪郭を持っていません。数値としては存在しているのに、生き物としての揺らぎがない、というか」


 その言葉で、胸の中の違和感がはっきりと形になった。俺は洗濯物を干す女性の動きを、じっと目で追った。手の動きが同じ間隔で繰り返されている。三回に一回、まったく同じ角度で布を叩いている。生きた人間の動作には、こんな正確な反復は生まれない。


「あの女、洗濯物を叩く動きが同じすぎる。作業じゃなくて、絵を繰り返し見せられてる感じだ」


 小さく言うと、ヒカリの表情が引き締まった。


「幻術、ってことですか」


「たぶんな。それに、できすぎてる」


「できすぎ、とは」


「畑仕事の老人、井戸端の子供、干された洗濯物。安心する材料だけを、都合よく並べすぎてる」


 人がどんな景色を見れば警戒を解くのか、それを正確に見極めて絵を選んだような並びだった。個々の景色そのものは自然でも、その組み合わせ方に迷いがない。手当たり次第に村の記憶を再現したのではなく、見せる相手の心を計算して組み立てた並びだ。


 俺は足元の小石を拾って、井戸端で笑う子供たちの方へ、思い切り放った。石は子供たちの体をすり抜けて、地面を叩いて跳ねた。誰も振り返らない。笑い声だけが、同じ調子で繰り返されている。


「……村ごと、幻か」


 ガルドの声が低く沈んだ。


「全部じゃない。土台の家や井戸は、たぶん本物だ。その上に、人がいる絵だけを重ねてある」


「なんでそんな手の込んだことを」


「時間稼ぎか、それとも――」


 言いかけたとき、村の奥、教会らしき建物の陰から、金属質の光がちらりと覗いた。


「フィーネ、後ろに下がれ。ヒカリ、盾を」


 俺の声に反応する間もなく、教会の陰から槍のようなものが飛び出してきた。狙いはフィーネだ。ヒカリが即座に前へ出て、剣で叩き落とす。金属音が響いて、周囲の「村人」たちの姿が一斉に揺らいだ。


「見せかけが剥がれた」


 洗濯物の女も、鍬を振るう老人も、井戸端の子供たちも、輪郭がぶれてガラス片のように崩れ落ちていく。あとに残ったのは、崩れた家々と、焼け焦げた井戸、そして本物の敵意を持った数体の魔物だけだった。


「本体はどこだ」


「分かりません。この規模の幻術を維持し続けるとなると、術者自身がこの近くにいる可能性が高いですが」


 フィーネの声に、緊張の色が濃くなる。


「深追いはするな、って言われてただろ」


 ガルドの言葉に、俺も頷いた。


「今日はこれで十分だ。村が幻だったことと、敵意ある魔物がいたことを持ち帰る。術者本体を探すのは、ここじゃない」


 迫ってきた魔物を、ヒカリとガルドが前衛で受け止め、クレアの支援で押し返す。数はそう多くなく、本体不在の残党のような動きだった。長引かせず、後退しながら距離を取る戦い方に徹する。


「イチさん、また継ぎ目、見えますか」


 ヒカリが叫ぶ。


「見なくていい。今日は削るだけでいい。倒しきる必要はない、退路を確保しろ」


 俺の指示に、ヒカリの動きが変わった。攻めから、守りながらの後退に切り替わる。フィーネの氷が足場を崩し、クレアの光が傷を塞ぎ、ガルドが最後尾で殿を務める。


 後退の途中、崩れた家の陰から魔物の一体がクレアの側面に回り込もうとした。気づいたガルドが、大剣を盾のように構えてクレアの前に割り込む。


「危な――」


「俺が壁になる。お前は下がってろ」


 ガルドの声には、以前どこかで聞いた台詞と同じ響きがあった。弟を守れなかった、あの夜の後悔を裏返したような、静かな決意だった。魔物の爪が大剣の腹を削って火花を散らすが、ガルドの足は一歩も引かない。


「ガルドさん、無理しないでください」


「これくらいで無理とは言わない。俺は今度こそ、目の前の誰かを守り切る」


 その一言に、クレアが息を呑む。誰も一人にならない、崩れない隊列のまま、村の外へと下がっていった。


 街道に出たところで、追ってきていた魔物の気配がふつりと消えた。まるで見えない境界線があるかのように。


「境目まで、か」


 ガルドが荒い息を吐きながら言う。


「術者の力が届く範囲、ってことだろうな。ここから先は追ってこない」


 馬車に戻り、村を振り返る。遠目には、また平和な村の姿が見えている気がした。誰かが今もあの場所で、誰もいない村に人の絵を描き続けている。


「気持ち悪いですね、見た目だけ元通りって」


 クレアが震える声で言った。


「事実は変わってない。村は既にやられてる。ただ、見た目の解釈だけが、勝手に平和なほうへ寄ってる」


 自分の口から出た言葉に、俺は少し苦い笑いを漏らした。この世界の綻びと、まったく同じ形をしている。


 帰り道、日が傾き始めた頃、ヒカリが馬車の荷台で俺の隣に座り直した。


「イチさん、さっき、私の名前呼びませんでしたね」


「え」


「盾を、しか言ってません。名前を呼ぶ余裕もないくらい、必死だったんだなって」


 言われて初めて気づいた。いつもなら「ヒカリ」と呼びかけてから指示を出すのに、今日はその一拍を省いていた。


「悪い。名前呼ぶ暇があったら、動いた方が早いと思った」


「怒ってません。むしろ」


 ヒカリは荷台の縁に手をついて、少しだけ俺との距離を詰めた。


「名前を呼ばなくても、ちゃんと私のことを見て、私に必要な指示をくれる。それが、なんだか嬉しかったんです」


 その言い方に、俺は返す言葉を持たなかった。彼女の手が、荷台の揺れに合わせて俺の手のすぐ隣まで来ていて、離れる気配がなかった。


「フィーネ、村の反応の輪郭がない、ってさっき言ってたよな」


 気まずさを誤魔化すように、俺はわざと大きな声でフィーネに話しかけた。


「言いました。あれが、術者の力量を測る手がかりになると思います」


 フィーネは荷台の反対側で、懐の計算板を弾きながら答えた。


「村ひとつ分の幻を、長期間維持する。相当な練度です。ただの偵察や罠にしては、手が込みすぎている気もします」


「誰かを、待ち構えてたってことか」


「その可能性は、否定できません」


 フィーネの言葉に、荷台の空気がわずかに冷えた。誰を待ち構えていたのか、口にする者はいなかったが、五人の頭には同じ名前がよぎっていたはずだった。


 その夜、街へ戻る途中の宿場町で一泊することになった。狭い部屋の窓から外を見ると、遠くの空に星が瞬いている。モルカ村で見た偽物の景色を思い出すと、今見ているこの星空すら、少し信じきれない気がした。


 前世の物語なら、幻術というのはたいてい主人公の心の弱さにつけ込む形で描かれる。だが今日俺が見抜いたのは、心の隙ではなく、洗濯物を叩く手の反復という、ごくありふれた観察の産物だった。物語の型が教えてくれる弱点の付け方と、実際に効く付け方は、いつも少しだけずれている。


 人の安心する景色を計算して並べる相手がいるのなら、こちらも景色を鵜呑みにしない練習を積むしかない。視えているものを、疑う。今日一日で身についたのは、そういう地味な技術だけだった。


 派手な力は何も持たないまま、また一つ、生き延びるための道具が増えた。それだけで、今日のところは十分すぎるくらいだった。


お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。


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