第17話 名前のない予感が当たる日
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第17話 名前のない予感が当たる日
上級部隊との合同任務が組まれたのは、それから三日後のことだった。
「合同、っていっても、実際はほとんど俺たちが露払いだろうな」
ガルドが集合場所へ向かう道すがら、ぼやくように言った。冗談めかしてはいたが、声の端に緊張が滲んでいる。
待ち合わせの広場には、見慣れない鎧をまとった一団が既に集まっていた。ギルドの紋章が入った揃いの装備、統率の取れた動き。俺たちのパーティーとは、まとっている空気からして違う。
「お前たちが、東の森の第一発見者か」
部隊長らしき、傷だらけの鎧を着た壮年の男が近づいてきた。値踏みするような視線を一通り走らせたあと、意外にも柔らかい口調で言った。
「無理をせず引き返した判断、悪くない。多くの若手はここで無理をして命を落とす」
その言葉に、ヒカリが少しだけ誇らしげな顔をした。
「作戦は単純だ。私たちが正面から探りを入れる。お前たちは後方で、何かあれば即座に報告と避難誘導を頼む」
部隊長の言葉に、ガルドがわずかに眉を寄せた。前線に立てないことへの不満が、その表情にちらりと覗いた。だが彼は何も言わず、頷いた。
五人と上級部隊、合わせて十五人ほどの一団で、再び東の森へと足を踏み入れる。焦げた広場に近づくにつれ、俺の中の警戒がまた強くなっていく。あの日感じた金属質の臭気が、今日も同じ濃さで漂ってきていた。
「ああ。前と同じだ。あいつ、まだあそこにいる」
広場に着くと、「切り株」は前回と変わらない姿でそこにあった。だが、じっと目を凝らしていると、表面の鱗のような模様が、少し違う配置になっている気がした。
「フィーネ殿、探知を」
部隊長の指示に、フィーネが杖を掲げる。上級部隊の魔法使いも同時に詠唱を始めた。複数の探知魔法が重なって、広場全体を淡い光が包んだ。
その瞬間、「切り株」の呼吸がぴたりと止まった。
「まずい――」
言い終わる前に、地面が大きく震えた。切り株だと思っていたものが、ゆっくりと、しかし確実に体を起こし始める。鱗に覆われた巨躯が地面から抜け出るように立ち上がり、そこにようやく全貌が見えた。
竜と呼ぶには翼がなく、蛇と呼ぶには手足があった。前世のどのモンスター図鑑にも当てはまらない、継ぎ接ぎのような姿。目に当たる部分は開いておらず、鱗の隙間から薄紫色の光が漏れ出している。
「散開! 距離を取れ!」
部隊長の号令に、十五人が一斉に散った。俺は化け物の全身に目を走らせた。鱗の並び方、光の漏れ方、動く前の予備動作。得体が知れない相手でも、目を凝らし続ければ何かしらのパターンは見えてくる。それだけが、今の俺にできる唯一のことだった。
化け物が動いた。速い。鱗の一部が槍のように伸びて、上級部隊の一人を薙ぎ払う。悲鳴が上がった。
「あの鱗の伸び方、規則性がある。獲物が背を向けた瞬間か、密集した位置で伸びてる」
叫んだ声に、ヒカリが即座に反応した。
「フィーネ、氷の柱を足元に! ガルドは右から、鱗の付け根を!」
俺の言葉を、まるで自分の判断のように滑らかに、ヒカリが指示に変えて周囲へ飛ばす。フィーネの詠唱で足元が凍りつき、化け物の動きがわずかに鈍る。その隙にガルドが踏み込んだ。
だが、そこで予想外のことが起きた。凍った足元が、化け物の体温でみるみる溶け始めたのだ。読みが甘かった。氷が完全に効くと踏んでいたが、あの光る鱗自体が熱を持っている。氷を割って抜け出した鱗が、ガルドの側面を捉えようと伸びる。
「ガルド、避けろ!」
叫んだが、間に合わなかった。鱗の先端がガルドの脇腹を掠め、大柄な体が地面に叩きつけられる。
「ガルドさん!」
クレアが悲鳴を上げて駆け寄ろうとするのを、俺は咄嗟に止めた。
「待て、まだ動くな」
根拠は薄い。だが鱗が伸びるタイミングを見ているうちに、獲物が倒れて動かなくなった瞬間、化け物の意識が次の標的へ移ることに気づいていた。事実、化け物の視線らしきものが、ガルドから逸れて別の方向へ向かい始めていた。
「今のうちに、私が引きます」
クレアが低く言って、地を這うように移動し始める。氷が効かないと分かった今、次の手を考えなければならない。前世の記憶にも、この化け物と同じ型の敵はいない。だとすれば、答えは目の前の動きの中にしかない。
「フィーネ、氷じゃなく、足元の地面ごと崩せるか。凍らせるより、削る方向で」
「やってみます」
フィーネの詠唱が変わる。地面が抉れるように崩れ、化け物の片足が沈んだ。完全ではないが、さっきの氷よりは長く動きを止められている。
「ヒカリ、今のうちに距離を詰めろ。鱗が伸びたら、真下に潜り込め」
「はい!」
ヒカリが地を蹴る。剣戟の音が響き、上級部隊も態勢を立て直して側面から攻撃を加え始めた。
「喉に当たる部分、鱗の継ぎ目が一番薄い。あそこだけ光の色が違う」
「よく見えるな、そんなもん!」
ガルドが痛みを堪えながら怒鳴る。
「見る以外に、俺にできることがないからな」
軽口のつもりだったが、自分でもその言葉の重みに、少しだけ驚いた。剣も魔法も持たない俺にできることは、本当にそれだけだ。今日はいつもより、その武器が頼りなく感じられたが、頼りないなりに、目を離さずにいることしかできなかった。
化け物の鱗が三度目に伸び、そして地面が抉れた足元が崩れきった瞬間、ヒカリが跳んだ。剣先が、俺の示した継ぎ目へ、寸分違わず吸い込まれていく。
化け物が初めて、獣じみた咆哮を上げた。全身から漏れていた薄紫の光が、内側から破裂するように弾け飛ぶ。衝撃で吹き飛ばされたヒカリを、クレアの光が空中で受け止めた。地面に着地した巨躯は、しばらく痙攣するように震えたあと、ゆっくりと動きを止めた。
「……終わった、のか」
誰かが呟いた声に、緊張が一気に緩む。あちこちで安堵の息が漏れた。
「息はない。討伐完了だ」
部隊長の言葉に、ようやく歓声が上がった。だが俺は、その輪から少し離れた場所で、化け物の亡骸を見つめていた。
「イチさん、大丈夫ですか」
息を切らしたヒカリが駆け寄ってくる。頬に泥がついていたが、怪我らしい怪我はなさそうだった。
「お前こそ、無茶な跳び方しただろ」
「イチさんが継ぎ目を見つけてくれたので」
フィーネが亡骸に近づいて、杖の先で慎重に鱗の一枚を持ち上げた。
「これ、見てください」
鱗の裏側には、自然の生き物には決してあり得ない、幾何学的な模様が刻まれていた。まるで誰かが意図的に彫り込んだ紋様のようだった。
「作られたもの、だと思います。少なくとも、自然に生まれた魔物ではありません」
フィーネはそれ以上詳しくは語らなかったが、その横顔には、これまで見たことのない緊張が浮かんでいた。
「イチ」
振り向くと、ガルドが脇腹を押さえながら立っていた。
「さっきの氷が効かないって判断、俺には分からなかった。お前が言い直してくれなきゃ、あのまま押し切られてた」
「クレアの治癒のおかげだろ」
「それとこれとは別だ」
ガルドはそれ以上言わず、ただ俺の肩を軽く叩いた。何かを言いかけて、飲み込んだような顔をしていた。
帰り道、部隊長が改めてこちらへやってきた。
「今回の討伐、報告書には正確に記す。指示は主にそちらの剣士殿から出ていたと聞いたが」
「はい。皆で判断しながら、ですが」
ヒカリが淡々と答えた。事実そのものは変えず、ただ焦点だけがヒカリに寄る。俺はそのやりとりを、少し離れた場所で聞いていた。
「ガルドさん、なんで否定しないんです?」
クレアが小声で尋ねる。
「別に、否定するようなことじゃないだろ」
ガルドはそう言ったが、その目はちらりと俺の方を見た。何か言いたそうで、結局何も言わなかった。その視線の意味を、俺はまだ正確には掴めていなかった。
街への帰り道、日が傾いていく。討伐の高揚感と、拭いきれない不穏さが、行列の中に入り混じっていた。
「なあ、フィーネ」
俺は少し歩調を緩めて、隣に並んだフィーネに声をかけた。
「あの紋様、本当に見覚えがあるのか」
「あります。ただ、確信が持てるほどではありません。古い時代の召喚術式に似た構造です。誰かの意志で、何かをこちらの世界に呼び寄せる、あるいは作り変える術式です」
「そんなものを、誰が」
フィーネは口を閉ざした。それ以上は語らないという、いつもの意思表示だった。
少し前を歩いていたガルドが、ふと振り返った。
「召喚術式、ね。物騒な話だな」
「聞こえてたのか」
「これでも耳はいいんだよ」
ガルドは苦笑しながら、脇腹を軽く押さえた。まだ痛むのだろう。
「今日みたいなのが、これからも増えていくのかもな」
その声には、これまでのガルドらしくない、静かな重みがあった。名を上げることに貪欲な男が、名を上げる機会の増加を、素直には喜べずにいる。その変化の理由を、俺はまだ知らない。
前世の物語なら、こういう強敵との遭遇は仲間の絆を深める通過儀礼として描かれる。今日のガルドの様子も、型に当てはめればそう見える。だが型に当てはめて安心したそばから、俺はその型のどこにも自分の居場所がないことに気づいて、少しだけ可笑しくなった。絆を深める主役も、通過儀礼を乗り越える主人公も、今日はヒカリとガルドの役どころだ。俺はいつも通り、その外側で継ぎ目を数えていただけだった。
あの化け物が「先触れ」だとしたら、この先にはもっと大きな何かが待っている。誰も口には出さなかったが、五人とも、そのことをうっすらと感じ取っていた。
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