第15話 森が黙り込む理由
お読みいただきありがとうございます。
第15話 森が黙り込む理由
祭りの熱が冷めやらぬ数日後、ギルドの空気が一変した。
いつもはのんびりした空気の掲示板前に警備隊の兵士が数人集まって、深刻な顔で何かを話し合っている。
「どうしたんです?」
クレアが声をかけると、兵士の一人が渋い顔で答えた。
「東の森の様子がおかしいんだ。ここ数日、木こりも猟師も、誰も森に入りたがらない」
「気が立ってる、ってやつですか」
俺が口を挟むと、兵士は驚いた顔をした。
「よく知ってるな。そうだ、獣も魔物も、やたら気が立ってる。理由は分からんが、下手に刺激すると何が起きるか読めない状態だ」
祭りの日、門番小屋で聞いた話を思い出す。あのときは頭の隅に引っかかっただけで済ませていたが、今はそれが単なる偶然ではないという確信に変わりつつあった。
「原因の調査依頼、出てるんですか」
フィーネが尋ねると、兵士は掲示板の一角を指した。そこには、これまで見たことのない緊張感を帯びた文言の依頼書が貼られていた。「東の森 異変調査 危険度:高」。
「群れの討伐とかオーガ討伐とは、格が違う響きだな」
ガルドが依頼書を睨みながら呟いた。彼の声には、いつもの軽さがなかった。
「受けるのか、これ」
「私たちしか、受けられる人がいないと思います」
ヒカリが静かに言った。この街に来て以来、彼女なりに感じ取ってきた責任感の重さが、その一言に滲んでいた。
「分かった。準備してから向かおう」
俺がそう言うと、四人が一斉にこちらを見た。指示を出したのはヒカリでもガルドでもなく、俺だった。柄にもないことをした自覚はあったが、誰も異を唱えなかった。
翌朝、五人で東の森に向かった。以前ゴブリンの群れと戦った、あの森だ。
入口に立った瞬間、俺は違和感に気づいた。
あの日と同じ静けさが、そこにあった。
鳥の声がしない。虫の羽音もない。だが今回のそれは、統率個体が群れを操っていた時とは明らかに質が違う静けさだった。あのときの静寂には、まだ生き物の気配があった。今の森には、それすらもない。まるで森全体が息を潜めて何かを恐れているような静けさだった。似たような静けさを、俺はほんの数話前にも通り抜けている。だが今度のそれは、あのときの静けさの延長線上にあるようで、どこか根本から別物だった。前世の物語なら、こういう既視感には必ず意味がある。
「フィーネ、探知できるか」
「反応が、薄いです。おかしいくらいに」
フィーネの声に、初めて明確な戸惑いが混じった。
「魔物も獣も、逃げているように見えます。何かから」
何かから。その言葉が、森の奥から吹いてくる風よりも冷たく、俺たちの間を通り過ぎていった。
「イチ、お前の勘じゃ、これはどう見える」
ガルドが珍しく、真っ直ぐに俺へ意見を求めてきた。
俺は森の奥に目を凝らした。前世で読み散らかした無数の物語の中に、こういう静けさを描いた場面がなかったか、記憶を掘り返す。だが、はっきりとした答えは出てこない。ただ、腹の底に染み付いた、名前のない予感だけがあった。
「分からない。ただ、これまでの依頼とは、種類が違う気がする」
自分の勘に、初めてこんなにも自信が持てなかった。この森の向こうに何があるのか、俺自身、まだその輪郭さえ掴めていない。
ヒカリが一歩、森の奥へ足を踏み出した。
「行きましょう。何があっても、皆で」
迷いのない声だった。俺たちはその背中に続いて、静まり返った森の中へと踏み込んでいった。この先に何が待っているのか、まだ誰も知らない。
お読みいただきありがとうございます。続きも楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、今後の励みになります。




