第14話 語り部は、まだ俺を見ていない
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第14話 語り部は、まだ俺を見ていない
収穫祭の当日、街の広場は朝から異様な熱気に包まれていた。
普段は静かな石畳の広場に屋台がびっしりと並び、色とりどりの旗が風にはためいている。子供たちの笑い声と焼き物の匂いが入り混じって、俺の知るこれまでの街の風景の中でも一番賑やかな光景だった。
「イチさん、あっちの屋台に行きましょう」
ヒカリが袖を引いて先導する。屋台巡りの主導権は彼女が握っていて、俺はほぼ荷物持ち兼財布として連行される形になっていた。それでも悪い気分ではない。
広場の中央には即席の舞台が組まれていて、その周りに人だかりができていた。
「あれは?」
「歌い手さんみたいですね」
クレアが指さす先で、旅装束の男が弦楽器を抱えて舞台に立っていた。見た目は若く、飄々とした佇まいをしている。街の人間ではなく、旅の吟遊詩人らしい。
「今宵は皆様に、耳新しい話をお届けしましょう」
男が朗々と口上を述べると、周囲がわっと沸いた。どうやら各地を回りながら時事の武勇伝を歌にして聞かせる商売をしているらしい。語り部、というやつだ。前世の物語でも、この手の役どころは大抵、後になって主人公の隠れた功績に気づく役回りを担う。今のところ俺には関係のない話だが、と胸の中で軽く付け加えておいた。
「勇者様の噂話も、聞いたことがありますよ」
誰かの声に、吟遊詩人が目を細めて頷いた。
「ええ、もちろん。銀の髪の勇者様が、東の森で群れを一掃した話。街道のオーガを退けた話。噂は隣町にも届いております」
弦が鳴り、歌が始まった。よく通る声で紡がれる旋律は、これまでの依頼をいくつも下敷きにしているようだった。群れの討伐、オーガとの死闘、どれも実際にあった出来事の骨格を残しながら、勇者ひとりの武勇伝として綺麗に脚色されている。
俺はその歌を、少し離れた場所で聞いていた。歌の中に、俺の姿は出てこない。当然のことだった。誰も俺のことなんて語りはしない。それでいい、と思う心と、ほんのわずかにざらつく何かが、いつものように同居していた。
「すごい歌ですね、私のこと、あんなに立派に」
ヒカリが少し照れくさそうに言う。
「実際立派だからな、お前は」
「イチさんのことも、いつか歌になったりしないんでしょうか」
冗談めかした口調だったが、俺は笑って流すことにした。
「俺みたいな地味な索敵係の話が、歌になるわけないだろ」
「そうでしょうか」
その一言だけ、妙に真剣な響きを持っていた。
歌が終わり、舞台の男が客の間を回り始めた。祝儀を受け取りながら、時折鋭い視線を人混みに走らせている。芸人特有の、観察に長けた目だった。
その視線が、一瞬だけ俺のほうを通り過ぎた。
ただの偶然だろう。歌い手が観客を見回すのは当然のことで、そこに何か特別な意味があるはずもない。だが、その一瞬の視線には単なる客への愛想笑い以上の、何かを探るような気配があった気がした。
「お連れ様は、勇者様のパーティーの方で?」
吟遊詩人が、通りすがりに軽い調子で声をかけてきた。
「まあ、そんなところだ」
「なるほど。今度また、皆様の武勇伝を聞かせてくださいね」
それだけ言って、男は次の客のほうへ移っていった。俺の存在を特別視した様子はなく、あくまで社交辞令の範囲だった。それでも、去り際に一度だけこちらを振り返った気がしたのは気のせいだろうか。
祭りの夜は更けていく。屋台の灯りが石畳を橙色に染め、ヒカリが選んだ串焼きを分け合いながら、俺たちはしばらく歩き続けた。
歌の中に俺の名前はまだない。当分は、そのままでいいと思っている。ただ、さっきの一瞬の視線だけが頭の隅にずっと引っかかったまま、祭りの喧騒に紛れていった。
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