第13話 約束の重さを、まだ計りかねている
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第13話 約束の重さを、まだ計りかねている
丘での一件から、ヒカリとの距離は目に見えて戻っていた。並んで歩く位置も、隣の席に座る頻度も、前とほとんど変わらない。ただ、俺の側にだけ、ひとつだけ変わったことがあった。
「今度は俺から、ちゃんと聞くよ」
自分で口にした約束の重さを、俺はまだ計りかねていた。
あの日以来、ヒカリは以前のような無邪気さで俺の隣に座るようになったが、時折、こちらを窺うような視線を寄越すことがある。約束を果たすタイミングを俺自身が探しているのを、見透かされている気がした。
「イチさん、今日の依頼、街の見回り警備なんですって。楽そうですね」
ギルドの掲示板の前で、ヒカリが依頼書を指さしながら言う。討伐でも護衛でもない、街中の見回りという珍しい依頼だった。
「珍しいな、こういうの」
「祭りの準備期間だからみたいです。人が多くなるので、念のためって」
言われてみれば、街のあちこちに提灯や旗の飾りつけが増えている。数日後に控えた収穫祭の準備らしい。祭りの回、というのも前世でよく見た展開の一つだった。だいたいこの手の平和な行事回には、何かしら裏があるものと相場が決まっている。今のところ、そういう気配は感じない。ただの平和な依頼だといいが、と思う自分と、そんなに都合よくいくかよ、と思う自分が頭の中で同時に呟いていた。
見回りの仕事自体は拍子抜けするほど平和だった。露店の呼び込みの声、子供たちの走り回る足音、たまに酔っ払いを宥める程度の仕事で、五人が本気を出す場面など一度もなかった。
「そういえば」
見回り中に立ち寄った門番小屋で、顔見知りの衛兵がふと漏らした一言が耳に残った。
「最近、街道の外で野生動物がやけに気が立ってるらしいんだよな。原因は分からないんだが」
その場では誰も気に留めなかった。俺自身、聞き流しかけたが、頭の隅に小さな引っかかりだけが残った。理由もなく気が立つ、というのはあまり良い前兆ではない。
「暇だな」
ガルドが大きく伸びをしながら呟く。
「暇なのはいいことです」
フィーネが淡々と返す。
昼過ぎ、俺とヒカリの二人だけで街の外周を回る番になった。他の三人は反対側を担当している。
「祭り、初めてなんです。楽しみで」
ヒカリが弾んだ声で言った。
「街中を見回るだけの依頼で、そんなに楽しそうにするのは珍しいな」
「だって、五人でお祭りに出るの、初めてじゃないですか」
言われてみればそうだった。討伐と護衛と、あとは休息を繰り返してきたこれまでで、街の行事に五人揃って足を止めたことなんてほとんどない。
「イチさんは、屋台で何か食べたいものとかありますか」
「別に、特には」
「じゃあ、私が選んでもいいですか」
「お前の趣味で選ぶのか」
「はい。任せてください」
自信満々に言い切る様子に、思わず笑いが漏れた。この半年、ヒカリはいろんな意味で成長したが、こういう子供っぽさは変わらない。
見回りの合間、通りの端で提灯を吊るす作業をしていた老人が、脚立から落ちかけているのが目に入った。
「危ない」
俺が声を出すより早く、ヒカリが駆け出して老人を支えていた。反射神経は、こういう場面でも遺憾なく発揮される。
「大丈夫ですか」
「おお、ありがとうございます、勇者様」
老人は何度も頭を下げて礼を言った。ヒカリは照れくさそうに笑いながら、脚立を立て直す手伝いまでしていた。
その様子を少し離れた場所から眺めながら、俺は妙な安心感を覚えていた。この半年で、ヒカリは間違いなく街の人間にとっての希望になった。俺が教えたことなんて、通貨の数え方と道の覚え方くらいのものだ。それ以上のものは、全部彼女自身が積み上げた。
「イチさん、見てました?」
「見てたよ。さすがだな」
「褒めてくれるの、珍しいです」
「いつもよりできが良かったからな」
「それ、褒めてます?」
軽口を交わしながら歩くうち、日が傾き始めていた。約束の重さは、まだ計りかねたままだったが、少なくとも今日という一日は悪くない一日だった。祭りの日には、あの続きの言葉を聞けるだろうか。そう思いながら、俺は隣を歩くヒカリの横顔を、少しだけ長く見つめてしまった。門番小屋で聞いた一言のことは、その横顔を見ているうちに、頭の隅からすっかり追いやられていた。
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