第12話 不器用な返し方
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第12話 不器用な返し方
フィーネの一言が頭に残ったまま数日が過ぎた。パーティーでの依頼は普段どおりにこなせていたが、ヒカリと二人きりになる場面だけは相変わらず互いに避けているような空気があった。
「イチさん、最近ヒカリさんと距離がありますね」
依頼帰り、フィーネがふいにそう言ってきた。資料室での一件のときとは違い、今回は前置きなしの直球だった。
「そんなことないだろ」
「あります。前は隣に並んで歩いていたのに、最近は一歩下がって歩いています」
図星だった。無意識にそうしていたことに、指摘されて初めて気づく。
「別に、何かあったわけじゃ」
「何かあったから、こうなっているんだと思います」
フィーネの声に感情の起伏はなかったが、指摘そのものには容赦がなかった。
「ヒカリさんは最近、元気がありません。イチさんが気づいていないだけです」
その一言が、思っていたより重く落ちてきた。自分が気まずさを持て余している間、ヒカリの側にも同じ重さが積もっていたことを、俺はちゃんと想像できていなかった。
「私からは何も言いません。ただ、イチさんが動かないと、この空気はたぶんずっと続きます」
フィーネはそう言って先に歩いていってしまった。式の話をするときと同じ、静かで揺るがない口調だった。
残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。動く、と言われても何をどう動けばいいのか見当がつかない。あの夜言いかけた言葉の続きを俺から聞き出す度胸もなければ、俺の側から何かを言う言葉も持ち合わせていない。
だが、このままでいいわけがないことだけは、はっきり分かっていた。
翌日、依頼のない朝、俺はヒカリの宿を訪ねた。柄にもない行動だと自分でも思う。
「イチさん?」
扉を開けたヒカリは、明らかに驚いた顔をしていた。
「悪い、突然。ちょっと、時間あるか」
「あ、はい。大丈夫です」
街外れの丘まで、二人で黙って歩いた。会話らしい会話はなかったが、あの膜のような気まずさとは少しだけ質が違う沈黙だった。
丘の上に着くと、俺はようやく口を開いた。準備していた言葉なんて、何一つなかった。
「この前、野営のとき、お前が何か言いかけてただろ」
「……はい」
「あれ、まだ、聞いてない」
自分でも不器用すぎる切り出し方だと思ったが、他に方法が見つからなかった。ヒカリはしばらく黙って、それから小さく笑った。
「イチさんらしいです、それ」
「悪いかよ」
「悪くないです。むしろ」
ヒカリは丘の下に広がる街並みを見下ろしながら、言葉を選ぶように間を置いた。
「あの続き、今言ったら、また煙とか何かで邪魔されそうな気がするので、今日はやめておきます」
「おい」
「でも」
彼女はこちらを向いて、まっすぐな目で言った。
「聞きに来てくれて、嬉しかったです。それだけで、今は十分です」
その言い方には、何かを諦めたような響きはなかった。むしろ次の機会をちゃんと待つと決めた人間の、落ち着いた声だった。
「今度は俺から、ちゃんと聞くよ」
自分の口からそんな言葉が出てきたことに、俺自身が一番驚いていた。柄にもないことを言った自覚はあったが、今回は撤回する気にはならなかった。
「約束ですよ」
「ああ」
その一言で、あの薄い膜は完全にではないが確かに薄くなった。並んで丘を下りる帰り道、ヒカリの歩幅がいつもの位置に戻っているのに、俺は気づいていた。
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