第11話 気まずさの正体は、まだ名前がない
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第11話 気まずさの正体は、まだ名前がない
隣町からの帰路は、行きよりも会話が少なかった。
誰かが不機嫌なわけではない。ガルドは相変わらず討伐の手応えを語り、クレアはヒカリと並んで歩いている。ただ俺とヒカリの間にだけ、薄い膜のようなものが張っていた。
「イチさん、これどうぞ」
休憩の合間、ヒカリが水筒を差し出してきた。仕草はいつも通りだったが、目が合う時間がいつもより短い。
「ああ、悪い」
受け取るときに指先が触れて、ヒカリがわずかに手を引いた。俺もそれに合わせて少し早く水筒を持ち直した。二人とも何事もなかったふりをするのがうまくなっていた。
街に戻ってからも、その膜はなくならなかった。パーティーで集まる場面では普段どおりに振る舞えるのに、二人きりになると途端に言葉数が減る。あの夜、煙のせいで消えてしまった続きの言葉が、まだどこかに引っかかったままだった。
「今日の依頼、俺は先に戻るわ」
ギルドでの解散のとき、俺はそう言って早々に列を離れた。ヒカリは何か言いたそうな顔をしたが、結局「お疲れ様です」とだけ返してきた。
宿までの帰り道、俺は自分の歩調がやけに速いことに気づいた。急ぐ理由なんてどこにもないのに、まるで何かから逃げるような足取りだった。
あの夜、ヒカリが何を言おうとしていたのか。考えないようにしてきたが、考えないでいられるほど器用な頭は持ち合わせていなかった。もし続きを聞いていたら、俺はどう答えていたのか。その想像すら、うまく形にならない。
翌日、依頼のない一日になった。何をするでもなく資料室に顔を出すと、フィーネが先に来ていた。
「今日は静かですね」
「みたいだな」
「イチさんとヒカリさん、何かありましたか」
単刀直入すぎる質問に、俺は答えに詰まった。
「別に何も」
「そうですか」
フィーネはそれ以上追及せず、手元の本に視線を戻した。だが、しばらくしてから独り言のように付け加えた。
「二人とも、いつもより言葉数が少ない気がします。原因は分かりませんが」
その観察の的確さに、俺は内心で舌を巻いた。この女は、感情ではなく振る舞いの差分だけで変化を正確に捉えてくる。ヒカリの好意には気づかないふりを貫いている俺だが、フィーネの観察眼だけは誤魔化しきれる気がしなかった。
「気まずいことでもあったんですか」
「気まずい、っていうか」
言いかけて、俺は言葉を探した。ちょうどいい言い方が見つからない。
「なんて言うか、途中で切れた話の続きが、まだどこにも着地してない、みたいな感じだよ」
自分でも要領を得ない説明だと思ったが、フィーネは静かに頷いた。
「着地しないまま置いておくのが、一番厄介です。式でも、途中で止めた計算式ほど、後から見返すのが億劫になります」
「お前、それ本当に人間関係の話として言ってるのか」
「同じ構造だと思っただけです」
フィーネは眼鏡の位置を直しながら、こちらを見ずに言った。
「イチさんが答えを出せないなら、放っておけばいいと思います。ただ、放っておいた式は、いつか誰かが勝手に解いてしまうこともあります」
それが忠告なのか、単なる観察の共有なのか、判断がつかなかった。だが、その一言は思っていたより深く胸に残った。誰かが勝手に解いてしまう、という言い方が、やけに具体的な響きを持って耳の奥に残った。
窓の外では、街の喧騒がいつも通りに続いている。俺だけが、まだどこにも着地できないまま、その日を持ち越していた。
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