決闘 その5
「最初は驚いたが、種さえ分かりゃあ、なんてことはねぇ!」
ヴィンスは口元を吊り上げた。
「所詮は初見殺しの手品みてぇなもんだ!」
木剣を肩に担ぎ、ゆっくりとセコンド席へ視線を向ける。
「お前か?こいつに妙な技を仕込んだのは」
ヴィンスはニヤリと笑う。
「……」
リオンは何も答えない。
「ハハッ!残念だったな!」
ヴィンスは高らかに笑う。
「俺にこんな小細工は通用しねぇ!無駄な努力だったな!こいつも、お前も!」
リオンは奥歯を噛み締めた。
「諦めるな、カイル!」
闘技場に声が響く。
「ヴィンスの体力はかなり削ったはずだ!純粋な剣の勝負でも、今のお前なら十分渡り合える!」
その言葉を聞いたヴィンスが、ゆっくりとカイルへ向き直る。
そして、鼻で笑った。
「はぁ?純粋な剣の腕が、俺と引けを取るだぁ?」
その瞬間、ヴィンスが地を蹴った。
「っ!」
速い。先ほどまでとは比較にならない踏み込み。
カイルは慌てて木剣を構える。
ガギィィィン!!
凄まじい衝撃が木剣を伝う。
「ぐっ!」
腕が痺れる。体勢を立て直す暇もない。
二撃、三撃、四撃。
ヴィンスは一切無駄のない連撃でカイルを押し込んでいく。
「どうした!さっきまでの威勢は!」
ガンッ!!
木剣が肩を打つ。
ドッ!!
返す刃で脇腹を払う。
「がはっ!」
カイルの身体が大きくよろめいた。
ヴィンスは追撃の手を緩めない。
「笑わせんな!」
木剣を振り上げる。
「これが、本当の実力差だ!!」
重い一撃を受け、カイルは大きく後方へ跳ぶ。
荒く息を吐きながら、距離を取る。
(まだだ……まだ終わってない……)
震える足を叱咤し、木剣を握り直す。
真正面からでは勝てない。
ならば、もう一度。
リオンから教わったシンエイリュウで活路を開くしかない。
カイルは静かに重心を落とした。
半歩、また半歩。
シンエイリュウ――影歩。
相手の視線をずらし、間合いを惑わせる特殊歩法。
「フン」
ヴィンスは鼻で笑う。
「その、みょうちくりんな動きは見切ったって言ってんだろ」
ヴィンスはカイルを見据えたまま、ゆっくりと重心を落とした。
そして、つい先ほどまでカイルが見せていた足運びを、そのままなぞるように踏み出す。
「こうか?」
「なっ……!?」
カイルの目が見開かれる。
ヴィンスは、ほんの数分前まで自分が翻弄されていた歩法を、ほとんどそのまま再現していた。
足運び、重心移動、間合いの詰め方。
完全ではない。それでも十分だった。
「……嘘だろ」
陽翔が思わず呟く。
「一度見ただけで、影歩を真似したのかよ……」
リオンは唇を強く結んだ。
(まずい……)
影歩は一朝一夕で身につく技ではない。
カイルがこの一か月、血の滲むような努力を重ね、ようやく形にした技だ。
それを、ヴィンスはたった一度見ただけで模倣してみせた。
完璧でなくとも、それでも、カイルの心を折るには十分だった。
(僕は……ヴィンスの才能を見誤っていた)
剣技だけではない。
一度見た技を理解し、自分のものにしてしまう。
それほどの才能を持つ相手だとは、想定していなかった。
リオンは奥歯を噛み締める。
(すまない、カイル……)
「な、なんで……」
カイルの足が止まる。
目の前では、自分が一か月かけて身につけた影歩を、ヴィンスが当然のように踏んでいた。
信じられない。必死に積み重ねてきた努力が、一瞬で踏みにじられたような感覚だった。
その一瞬の迷いを、ヴィンスは見逃さない。
「隙だらけだ!」
ガギィン!!
木剣が弾かれる。
返す刃。
ガンッ!
肩を打たれ、体勢が崩れる。
「がっ……!」
さらに腹部へ一撃。
鈍い衝撃に息が詰まる。
「どうしたよ、カイル!一か月頑張ったくらいで強くなった気でいたのか?」
ガンッ!!
「結局、お前は何も変わってねぇ!」
ドッ!!
「泣き虫カイルは、一生泣き虫のままだ!」
ヴィンスの連撃が止まらない。
カイルは防ぐので精一杯だった。
「落ち着け、カイル!!」
リオンの声が闘技場に響く。
「ヴィンスの影歩は、所詮うわべだけを真似たまがい物だ!本質は再現できていない!一度距離を取れ!体勢を立て直せ!」
その言葉で、カイルの瞳にわずかな光が戻る。
(そうだ……僕が教わったのは……こんなものじゃない)
ヴィンスの一撃を受け流し、大きく後方へ跳ぶ。
距離が開く。
深く息を吸う。
そして、影歩。
静かに重心を落とし、視線を誘導する。
「……!」
ヴィンスも同じように足を運ぶ。
しかし、カイルの姿が、一瞬だけ視界から消えた。
「チッ……!」
ヴィンスの木剣は空を切る。
足運びは真似できても、間合いを惑わせる独特のリズムまでは再現できない。
「なるほどな……完全真似るのは無理か……だったら―」
ニヤリと笑う。
「これならどうよ。」
木剣の切っ先が、カイルの握る右手へと向けられた。
ヴィンスは脇を締める。
肩の力を抜き、剣を大きく振るうためではなく、わずかな狂いもなく一点を射抜くための構え。
その変化はあまりにも自然で、カイルはまだその意味に気付いていなかった。
「さて……」
次の瞬間。
木剣が鋭く走る。
パシィッ!!
「っ!」
甲高い音と共に、カイルの右手に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
思わず顔をしかめる。
だが、木剣はまだ握れている。
(今のは……?)
考える間もない。ヴィンスは間髪入れず踏み込んだ。
パシィン!!
「ぐあっ!」
今度は中指を強かに打ち据えられる。
指先が痺れ、木剣が大きく揺れた。
「へぇ」
ヴィンスは楽しそうに口角を吊り上げる。
「粘るじゃあねぇか」
その笑みに、リオンの背筋を冷たいものが走る。
(まさか……アイツ、指を狙って……!)
「カイル!受けるな!かわせ!!」
リオンは叫ぶ。
しかし、その声よりも早く。
ヴィンスが三度目の踏み込みを見せた。
キィンッ!!
木剣の切っ先が、薬指と小指を握る節を正確に叩く。
「ぁぁぁっ!!」
激痛が右手を貫いた。握力が、一瞬で消える。
カラン……
乾いた音を立て、木剣が闘技場の石畳へ転がった。
一瞬、闘技場全体が静まり返る。
(こいつ……!その気になれば胴も喉も狙えた……!なのに、あえて指だけを狙って……!遊んでいるのか……!?)
リオンの眉間に深い皺が刻まれる。
カイルは剣を握れない。勝負は決まった。誰もがそう思った。
しかしーー
「まだ、終わりじゃねぇぞ!!」
ドゴッ!!
鋭い蹴りがカイルの腹部へめり込んだ。
「がっ……!」
肺の中の空気が一気に吐き出される。
悲鳴を上げることすらできない。
身体がくの字に折れ、そのまま数メートル吹き飛ばされた。
地面を転がり、眼鏡が宙を舞う。
乾いた音を立てて闘技場の床へ滑っていった。
ぼやけた視界。呼吸ができない。
胃液が込み上げ、咳き込もうにも声にならない。
ヴィンスはゆっくり歩み寄る。
「お漏らしカイルがよ。調子に乗りやがって」
倒れているカイルにヴィンスは木剣を何度も叩き込む。
「オラ!オラ!オラ!どうした!もう終わりか!?あっ!」
返事はない。声を出すことすらできないのだから当然だった。
ヴィンスはニヤリと笑う。
「立てよ。」
返事がない。
バキッ!
木剣が肩を打つ。
「ぐっ……!」
再び身体が転がる。
「おら、立てって言ってんだろ」
バシッ!
ドッ!
ガンッ!
木剣が頭に脇腹に太腿に容赦なく叩き込まれる。
生命護符が反応しない絶妙な力加減。
骨は折らない。
致命傷にもならない。
ただ、痛みだけを積み重ねていく。
観客席から歓声は消えていた。
誰もが顔をしかめる。
リオンは拳を握り締める。
(……やはり、こいつは勝つために戦っているんじゃない。カイルを痛めつけ、心を折るために戦っている。)
カイルは震える腕で起き上がろうとする。
だが、力が入らない。
眼鏡を失った視界はぼやけ、右手は木剣すら握れない。
カイルの心は恐怖に支配される。あの、立ち合いの時の恐怖で動けなくなる感覚がよみがえる。
指は折れ、剣は握れない。
視界は滲み、意識が遠のいていく。
(痛い……怖い……もう嫌だ……どうして僕は……こんなことをしているんだ……)
そうだ。余計なことなんてしなければよかった。
放課後はいつも通り作業室へ行って。
好きな魔道具をいじって。
静かに暮らしていれば――。
『諦めるな!カイル!まだやれる!』
遠くでリオンの声が聞こえた。
(ごめん……リオンくん……やっぱり無理だったんだ……僕なんかが、どんなに頑張ったって……)
『どうしてお前はここにいる!何故、決闘を挑もうと思った!思い出せ!!』
(どうして……僕は……なんで、こんな思いまでして……)
その時だった。
ぼやけた視界の先。
本当なら見えるはずのない観客席に、一人の少女の姿が映る。
眼鏡は吹き飛び、何も見えないはずなのに。
それでも、不思議と分かった。
(……リーナさん?)
彼女は泣いていた。
いつも笑顔で、誰より明るくて、元気いっぱいで、みんなの人気者。
そして――僕の憧れの人。
(なんで……泣いてるんだ?)
誰が、誰が泣かせた。
ゆっくりと視線を上げる。
ヴィンスと目が合った。
(……お前か……お前が……!!)
その時、胸の奥で何かが弾けた。
身体を支配していた恐怖が、怒りという熱に焼き尽くされていく。
視界が赤く染まる。
ヴィンスは笑った。大きく木剣を振りかぶる。
それは見慣れた軌道だった。この日のために、リオンが何度も再現してきたヴィンスの一撃。
カイルの身体は、考えるよりも先に動いていた。
シンエイリュウ・初伝――流水受け。
剣を持てないカイルは、それを腕で受け流す。
そしてーー
「ぎゃああああああ!!」
ヴィンスが絶叫する。
カイルはその受け流した木剣を握っていたヴィンスの腕に嚙みついた。




