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決闘 その6

 「テメー!離せ、この野郎!!」

 ヴィンスは腕を激しく振る。

 しかし、離れない。カイルは獣のようにヴィンスの腕へ食らいついていた。

 歯が肉へ食い込み、どれだけ振り払われても離さない。

(誰が……離すもんか……!)

 観客席がざわつく。

 「……嚙みついてるぞ」

 「ぶっ……!」

 「フハハハハハッ!!」

 「なんだありゃあ! 子供の喧嘩か!」

  観客席から爆笑が起こる。


 その笑い声を聞きながら、カイルは自分の甘さに気付いた。

 ――すべてを捨てろ。

 リオンに言われた言葉が脳裏によみがえる。

 恥も、外聞も、体裁も、かっこよく勝とうなんて考えも。

 全部捨てろ、と。

 なのに僕は、捨てきれていなかった。

 心のどこかで、まだ格好をつけようとしていた。

 あの日以来、リーナさんは一度も僕と目を合わせてくれなかった。

 会話もしていない。

 当然だ。

 泣いている女の子を目の前にしながら、恐怖で動けなかった男となんて、話したいはずがない。

 それでも僕は、どこかで期待していた。

 この決闘で勝てば、リーナさんがもう一度、僕に笑いかけてくれるんじゃないかって。

 また他愛のない話をして、一緒に買い物へ行ける日が来るんじゃないか、と。

 ……馬鹿だ。

 そんな浮ついた気持ちで、この男に勝てるはずがない。

 きっと今の僕は、リーナさんから見ても情けないだろう。

 噛みついて、泥だらけになって。格好悪くて、みっともない。

 こんな僕を見て、きっと幻滅している。もう二度と、僕に笑いかけてはくれないだろう。

 ――だから、何だ!

 この男に勝つ。どんなにみっともなくてもいい。

 学園中の笑い者になろうが、王国中に嘲笑われようが構わない。

 ヴィンスにリーナさんに謝らせる。

 そのためなら、他人にどう思われようがどでもいい!


 「このっ!離せ!離せってんだ!!」

 ヴィンスは腕を振り回す。

 だが、カイルは離れない。

 歯が肉へ深く食い込み、振り払われるたびにさらに強く食らいつく。

 「ぎっ……!」

 鋭い痛みに、ヴィンスの指先から力が抜けた。

 カランッ。

 木剣が闘技場の床へ転がる。

 「くそっ!!」

 ヴィンスは噛まれていない左拳を握り締める。

 ドゴッ!

 拳がカイルの頬へめり込む。

 それでも離れない。

 バキッ!ゴッ!

 二発目、三発目、四発、五発と拳が容赦なく振り下ろされる。

 「きめぇんだよ!死ね!死ね!死ねぇ!!」

 拳が顔を、頭を、何度も打ち据える

 口の中いっぱいに血の味が広がる。

 歯が軋み、視界が揺れる。

 それでもカイルは食らいつき続けた。

 しかし――

 ついに顎の力が抜ける。口がヴィンスの腕から離れた。

 (死ね……?ああ……死んでやる。だけど、お前だけは道連れだ!)

 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 闘技場を震わせる咆哮が響いた。

 それは、いつもの甲高く情けない悲鳴ではない。

 獲物を仕留めようとする獣の咆哮だった。

 セコンド席で見守っていたシエラが、思わず肩を震わせる。

 獣人である彼女の本能が、その咆哮に反応していた。

 カイルは四つん這いに近い姿勢まで身を落とすと、再びヴィンスへ突進した。

 狙いはただ一つ、もう一度、腕に噛みつくためだ。

 「うっ!?」

 迫ってくるカイルの形相に、ヴィンスの背筋が粟立つ。

 反射的に腕を引き、上体を大きくのけぞらせた。

 だが、それが裏目に出た。

 低く突っ込んできたカイルの牙は、空を切る。

 勢いは止まらない。

 そのまま一直線に――。

 ゴッ!

「ぎゃあああああああああああああっ!!」

 カイルの頭が、ヴィンスの股間へ容赦なく突き刺さった。

「テメェ!!ふざけんなああああああああっ!!」

 ヴィンスは絶叫しながら股間を押さえ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


 「ぶっ……!」

 誰かが吹き出した。

 それをきっかけに、闘技場中へ笑いが広がっていく。

 「ふははははははははは!!」

 「なんだ今の!」

 「股間に頭突きだと!?」

 「いいぞー!やれやれ!」

 「ざまぁみろ!」

 その中に、一際恨みのこもった叫びが響く。

 「俺の彼女返せぇぇぇぇ!!」

 「潰れちまえ!」

 「天罰だ!天罰!」

 どこかのクラスの男子生徒たちが、鬱憤を晴らすように拳を振り上げていた。

 おそらく、BクラスCクラスのヴィンスに彼女を寝取られた男子生徒だろう。

 「そーだ!そーだ!」

 その声に便乗するように、セコンド席から陽翔まで拳を突き上げる。

 「……いや、お前は関係ないだろ。」

 思わずリオンがツッコミを入れる。


 股間を押さえて倒れ込んだヴィンスへ、カイルはそのまま覆いかぶさる。

 もみ合いになりながら、カイルはヴィンスの胸ぐらを掴んだ。

 「リーナさんに謝れ!謝れよ!!」

 血走った目で迫るカイルに、ヴィンスは思わず顔を引きつらせる。

 「しつけぇんだよ!このストーカー野郎!」

 ヴィンスは吐き捨てるように叫んだ。

 「こんなことしたってな!あいつはお前ことなんか気持ち悪いって思うだけなんだよ!一生相手になんかされねぇよ!」

 「関係ない!!」

 カイルは怒鳴り返す。

 「謝れ!謝れよ!!」

 ヴィンスは必死にカイルを突き飛ばそうとする。

 しかし、股間を強打した痛みで思うように力が入らない。

 体勢を入れ替えることもできず、カイルはそのまま馬乗りになった。

 右拳を振り上げる。

 ドゴッ!!

 拳がヴィンスの頬へ叩きつけられた。

 「ぐぁっ!」

 ヴィンスが悲鳴を上げる。それでもカイルは止まらない。

 左拳、右拳と折れた指の痛みも構わず、何度も拳を振り下ろした。

 拳が痛い。折れた指が悲鳴を上げる。

 それだけじゃない。顔を殴るたび、骨へ当たる嫌な感触が拳へ伝わってきた。

 気持ち悪い。人を殴るのは生まれて初めてだった。

 人を殴るって、こんなにも嫌なものなのか。

 自然と涙があふれ、鼻水が垂れる。

 人に殴られたことは何度もある。ほとんどがヴィンスだった。

 ヴィンスにはよく殴られ泣かされた。そのたびにこいつは嬉しそうに笑っていた。

 なんでだ。なんで、こいつは人を殴って嬉しそうに笑えるんだ。


 だけど――

 そんなことはどうでもいい。

 コイツが負けを認めるまで。

 リーナさんに謝るまで。

 僕は殴る。たとえ指が砕けて、もう二度と魔導具をいじれなくなっても構わない。

 「リーナさんに謝れぇぇぇぇ!!」

 ドゴッ!!

 「謝れ!」

 ドゴッ!!

 「謝れ!!」

 ドゴッ!!

 「謝れよぉぉぉぉぉ!!」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、カイルはただその一言だけを叫び続ける。

 何発殴ったのか。

 十発か、二十発か。

 もう自分でも分からない。

 それでもヴィンスは降参しない。

 だったら、降参するまで何十発でも何百発でも殴り続けてやる。

 そう決意し拳を振り上げた、その時だった。

 動かない。

 腕が、動かない。

 もう一度力を込める。

 それでも動かない。

 (ど……どうして……?まさか……腕が限界を……そんな……僕は……どうして……いつも……いつも肝心なところで……)

 「うわああああああああああああ!!」

 カイルは子どものように泣き叫んだ。

 「カイル!カイル!!」

 聞き慣れた声だった。

 「……へ?」

 ゆっくりと振り返る。

 そこにはリオンがいた。

 そして、その隣には審判。

 二人が、カイルの両腕を押さえていた。

 「もういい!」

 リオンが叫ぶ。

 「もういいんだ、カイル!」

 審判が右手を高く掲げる。

 「勝者――カイル・エルマー・ベルネス!!」

 闘技場中に宣言が響き渡る。

 「勝ったんだ!」

 リオンは涙を浮かべるカイルの肩を強く掴んだ。

 「お前は勝ったんだよ!」

 恐る恐る前を見る。

 ヴィンスは白目を剥き、ぴくりとも動かずに失神していた。

 「……勝っ……た……?」

 震える声で呟く。

 「ああ、お前の勝ちだ」

 リオンは大きく頷いた。

 


 


 


 

 


 


 

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