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決闘 その4

 「次鋒戦、開始!」

 審判の声が響いた瞬間、ヴィンスが地を蹴った。

 速い、長い脚から生まれる踏み込みは、体格差以上の圧を生む。

(あの事件は一か月前だったか……)

 ヴィンスは木剣を振り上げる。

(何かしていたのかもしれねぇ)

 だが、口元が歪む。

(所詮は泣き虫カイルだ。すぐに化けの皮を剥がしてやる)

 頭上から、力任せの大振り。

 空気を裂く一撃がカイルへ叩き込まれる。

(まずはこの一撃でビビらせる。ひるんだところを、じわじわといたぶってやる)


 だが、セコンド席で、リオンが口角を上げた。

 「……かかった」

 この一か月、リオンは隙を見て、Aクラスの武器訓練授業を覗いていた。

 ヴィンスの剣筋、重心移動、癖、攻めの起点。

 すべて観察し、カイルとの模擬戦で何度も再現した。

(予想通りだ)

 リオンの目が細まる。

(格下相手には、初手から力任せの大振り。行け、カイル。特訓の成果を見せてやれ)

 ヴィンスの木剣が、轟音とともに振り下ろされる。

 だが、カイルは真正面から受けようとはしなかった。

 半歩、わずかに身体を開き、木剣を添えるように差し出す。

 シンエイリュウ・初伝――流水受け(りゅうすいうけ)

 王立騎士式バトルアーツにも、相手の攻撃を受け流す型は存在する。

 しかし、流水受けはそれとは似て非なる技だった。

 相手が最も力を込める、その一瞬を見極める。

 そして、その力の流れを、ほんのわずかに"導く"。

 それだけで、剣筋は自ら逸れ、全力で振るったはずの一撃は、空を切る。


 ――ガギィィン!!

 激しい衝突音が闘技場に響く。

 「なっ……!?」

 ヴィンスの目が見開かれた。

 確かな手応えがあったはずの一撃は、カイルの身体を捉えることなく、大きく軌道を逸らしていた。

 「よし、今だ!」

 リオンが声を上げる。

 ヴィンスの体勢が流れた、その一瞬。

 カイルは迷わず踏み込む。

 シンエイリュウ・返し技――返しかえしが

 木剣が一直線に走る。

 ――ドッ!!

 切っ先がヴィンスの脇腹を正確に打ち据えた。

 「ぐっ……!」

 ヴィンスの身体がわずかによろめく。

 観客席がざわめいた。

 「今の……受け流したのか?」

 「違う……!」

 上級生の一人が目を見開く。

 「王立騎士式の受け流しじゃない!」

 教官席からも驚きの声が漏れる。

 「見たことのない技だ……」


 「野郎……!」

 まさか反撃を受けるとは思っていなかったヴィンスが、鋭くカイルを睨みつける。

 その視線には、先ほどまでの余裕はなかった。

 対して、カイルは静かに木剣を構え直す。

 ――不思議だった。

 決闘の最中だというのに、カイルは自分自身の変化に驚いていた。

 ほんの一か月前まで、剣の立ち合いが怖くて仕方がなかった。

 相手と向き合うだけで頭が真っ白になり、恐怖で身体が動かなくなる。

 そんな自分が、今はちゃんと剣を打ち合えている。

 しかも相手は、あのヴィンスくんだ。

 幼い頃からいじめられ続け、顔を合わせるだけで身体が強張り、話しかけられるだけでも緊張してしまう相手。

 それなのに――。

 (……昔ほど怖くない)

 もちろん恐怖が消えたわけじゃない。

 胸は高鳴り、手のひらには汗も滲んでいる。

 それでも、不思議と身体は動いていた。

 (どうして……?)

 一瞬だけ考える。そして、すぐに答えに辿り着いた。

 (ああ……そうか)

 リオンくんだ。

 この一か月、毎日のようにリオンくんと立ち合いを繰り返した。

 何度も木剣を交え、何度も地面に叩き伏せられた。

 覇王天威衝が放つ、命を奪われるかのような圧倒的な威圧感も味わった。

 それを思えば――。

 リオンくんに比べれば、ヴィンスくんの威圧感は、それほどでもない。

 怖いことは怖い。でも、命を奪われるような恐怖ではなかった。

 (僕より小さいのに……本当にリオンくんって何者なんだ?)

 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

 だが、カイルは小さく首を振った。

 (……違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。決闘に集中しないと)


 「調子に乗んなぁ!!」

 脇腹を押さえたヴィンスが激高する。

 「この泣き虫カイルがぁ!」

 怒声とともに木剣を振るう。

 横薙ぎ、袈裟斬り、突き、怒涛の連撃。

 だが、当たらない。

 カイルは最小限の動きだけで間合いをずらす。

 シンエイリュウ――影歩えいほ

 直線的に下がるのではない。

 左右へ大きく回るわけでもない。

 相手の重心と視線の外へ、半歩、また半歩と滑り込む。

 ヴィンスの剣は、そのたびに空を切った。

 「チッ!」

 空振りした、その隙。

 カイルの木剣が走る。

 コッ、肩。ドッ、脇腹。コンッ、手首。

 一撃一撃は軽い。

 決定打にはならない。

 それでも確実にヴィンスを削っていく。

 「くっ……!」

 苛立ちが募る。そして、その瞬間だった。

 ヴィンスの体勢が、わずかに止まる。

 セコンド席のリオンが目を見開いた。

 「よし!そこだ!いけ!」

 カイルが一気に踏み込む。

 シンエイリュウ・奥伝――真一閃しんいっせん

 全身の力を一瞬で一点へ集約する。

 止まった相手にのみ最大の威力を発揮する、一撃必殺の打ち込み。

 木剣が一直線にヴィンスの胴へ伸びる。

 「もらっ――」

 ガギィィン!!

 鈍い衝撃音が響いた。

 「なっ!?」

 ヴィンスは咄嗟に木剣の柄を差し込み、真一閃を受け止めていた。

 完全には防ぎ切れない

 それでも威力の大半を殺すことには成功する。

 「くそがぁ!!」

 ヴィンスはそのまま前蹴りを放つ。


 「ぐっ!」

 カイルの身体が後方へ弾き飛ばされた。

 二人の距離が開く。

 セコンド席。

 「チッ……」

 リオンが小さく舌打ちした。

 (いや……まだだ。一度防がれただけだ。もう一度、体勢を立て直してチャンスを作れば……)

 カイルも同じことを考えていた。

 再び影歩で間合いを崩そうとする。

 だが。

 ヴィンスは距離を取り、小さく息を吐く。

 その目は、もう先ほどまでの怒り任せのものではなかった。

 じっとカイルの足元を見つめる。

 (……一、二、三)

 カイルが半歩動く。

 (まただ……このリズムか……)

 ヴィンスの口元がわずかに歪んだ。

 「なるほどな……そういうことか」

 次の瞬間、ヴィンスが再び踏み込む。

 先ほどまでの力任せの大振りではない。

 カイルの歩幅に合わせるように、一拍遅らせて木剣を振るう。

 「っ!」

 カイルは咄嗟に影歩で間合いを外す。

 しかし。

 「捉えた!」

 先ほどまで空を切っていたヴィンスの木剣が、今度はカイルの動きを追い始める。

 「くっ!」

 カイルは慌てて木剣で受け止める。

 そのまま流れるように木剣を添える。

 シンエイリュウ・初伝――流水受け。

 だが。

 ガギィン!!

 「……っ!?」

 剣筋が逸れない。

 ガギィン!!

 鈍い衝撃が腕へと突き抜ける。


 「くっ……!」

 カイルは必死に踏みとどまる。

 これまでなら、流水受けで自然と逸れていた剣が、今は真正面から押し込まれてくる。

 ヴィンスは間髪入れず、二撃、三撃と打ち込んだ。

 「オラオラ!どうしたよ!さっきまでの勢いは!」

 ガギィン! ガギィン!

 カイルは受け止めるので精一杯だった。

 「おい!」

 セコンド席から陽翔が叫ぶ。

 「ちゃんと流せよ!さっきみたいにやればいいじゃねぇか!」

 リオンは静かに首を横へ振った。

 「……いや、もう流水受けは通じない」

 「え?」

 陽翔が振り向く。

 リオンは闘技場から目を離さない。

 「ヴィンスは、もう同じ攻撃をしていない。振り下ろす直前に力を抜いたり、逆に押し込んだり、途中でフェイントを混ぜたり……」

 リオンは悔しそうに目を細めた。

 「力を乗せるタイミングも、剣筋も、毎回変えている。流水受けは、相手が最も力を込める瞬間を見極め、その力の流れを導く技だ。だが、相手自身が力の流れを変え続ければ、どこで力が乗るのか読めなくなる」

 陽翔が目を丸くする。

 「そんなこといきなり実戦でできるのかよ……」

 「普通は無理だ」

 リオンは短く答えた。

 「だから、あいつは天才なんだ」

 影歩は見破られた。

 流水受けも通じない。

 リオンがこの一か月かけて組み上げた対ヴィンス用の戦術は、わずか数分で崩されてしまった。

 そして、カイルは絶体絶命の窮地へと追い込まれていく。

 

 


 

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