決闘 その3
「ハルトさん……?」
セコンド席の重い沈黙を破ったのはセラフの低い声だった。
「なんですか……なんですか、あのふざけた戦いは……?」
鞭を握り、仁王立ちするその姿に陽翔の背筋が凍る。
「よくも……よくも、わたくしと女神様に恥をかかせてくれましたね……?」
「ま、待て!べ、別にふざけたわけじゃねぇ!俺はこの一か月、ちゃんと頑張って努力して――」
セラフのこめかみに青筋が浮かぶ。
「努力の方向性が完全に間違ってんだよ!!ですわ!!」
「ぎゃああああああああああああ!!」
セラフの鞭が陽翔を乱れ打つ。
それはいつもの、お仕置きとしての鞭打ちとは明らかに違っていた。
相手に激痛を与えるまさに拷問のための鞭打ちだった。
リオンは額を押さえた。
(さっきまで、したり顔で――)
『信じる者に女神は道を示し、迷う者にも救いの光を与え給う。真に信じる者には、必ず女神の加護があるのです』
(……とか言ってたもんな)
それもあって、セラフの怒りは相当なものだった。
「痛い!痛いいいい!!まだ、さっきの決闘のダメージも残ってるんだよ!!みんなも見てないで助けろ!!」
必死で助けを求める陽翔。しかし、セコンドにいるシエラやセリナは白い目で陽翔を見るだけだった。
陽翔の無様な戦いに呆れ、助ける気になれないらしい。
「はあ……」
リオンは深くため息をついた。
陽翔が負けた。
つまり、残る二戦――次鋒と大将、その両方に勝たなければ、この決闘に勝利することはできない。
だが、リオンはこの決闘で勝つことができない。
正確には勝ってはいけない。
監視官という立場上、これ以上目立つわけにはいかない。
それに、リオンは元軍人で、実年齢は三十を超える大人だ。
本来なら、学生同士の決闘に出場すること自体、自粛すべき立場だ。
そんな自分が、本気で学生を叩き潰して勝つなど、論外だった。
(となると……Aクラスの雑用係、確定か……)
リオンはちらりと生徒会特別席を見る。
そこには、蓮と生徒会長クラウスの姿があった。
二人はリオンの視線に気づくと、無言で頷く。
リオンは事前に、二人へ事情を説明していた。
もしチームが敗北した場合、Aクラスの雑用係という名目で、公然としたいじめが行われる可能性があること。
それを監視し、必要なら介入してほしいと頼んでいたのだ。
(まあ……雑用係そのものからは逃れられないけどな)
その時。
「次鋒、前へ!」
審判の声が闘技場に響いた。
リオンは、なおも陽翔を折檻しているセラフへ視線を向ける。
「……そこまでにしておけ、次鋒戦が始まる」
セラフがぴたりと鞭を止めた。
控え席にいたカイルが、静かに立ち上がる。
木剣を握る手に、迷いはない。
そして、闘技場へ一歩踏み出した。
リオンは静かに言う。
「行け、カイル」
一拍。
「特訓の成果、見せてやれ」
リオンの言葉を背に、カイルは闘技場へ足を踏み入れた。
対するAクラス側から現れたのはヴィンス。
二人は中央で向かい合う。
こうして改めて見ると、体格差は歴然だった。
頭一つ高いヴィンスが、カイルを見下ろす。
口元には、いつもの嫌味な笑み。
「よお、泣き虫カイル。俺に決闘を挑むなんて、いい度胸じゃねぇか」
ヴィンスは肩を揺らして笑う。
「いいのか?こんな大勢の前でまた漏らしちまったら、恥ずかしくて明日から学園来れねぇぞ?」
観客席からクスクスと笑い声が漏れる。
いつもなら、この時点でカイルは俯いていた。
だが――
「決闘を始める前に、一つ」
カイルは静かに口を開いた。
「僕と君で、個人的な約束をしてほしい」
「……あ?」
ヴィンスが眉をひそめる。
「僕が勝ったら、この前、リーナさんにしたことを、リーナさんに謝ってほしい」
一瞬の沈黙。
そして。
「……は?」
ヴィンスの口元が引きつる。
次の瞬間。
「プッ――ブハハハハハハハハハ!!」
腹を抱えて笑い出した。
「お前、マジか!?そんなくだらねぇ理由で俺に決闘挑んだのか!?」
笑いながら、ヴィンスはカイルを指差す。
「そういや一か月くらい前だったな。リーナが配信で王都の裏路地にあるみてぇな、ボロイ魔道具店に行ってたよな?男の声で魔道具の解説してた奴がいて、どっかで聞いた声だと思ったけど、やっぱあれお前か?」
カイルは黙ったままだ。
ヴィンスはそれを肯定と受け取り、ニヤリと笑う。
「大方、同じチームに魔道具オタクのお前がいたから、買い物に便利ってだけで誘われたんだろ?で、思ったんだろ?『こ、これってデートかも』、ってさ」
ヴィンスがわざと裏声を作る。
「『も、もしかしてこれをきっかけに付き合えたりして~』とかよ!」
観客席から笑いが起こる。
「ヤダヤダ、まともに女と付き合ったこともねぇ、童貞オタクがよ。ルミナスが、お前みたいな陰キャと付き合うわけねぇだろ!バーカ!」
それでも、カイルは俯かなかった。
「……うん」
静かな声。
「そう思ったよ」
ヴィンスの笑みが一瞬止まる。
「でも、今はその事は関係ないよね。それより、約束してくれるの?」
カイルがまっすぐヴィンスを見る。
「……あ?」
ヴィンスのこめかみがぴくりと動く。
いつもなら折れるはずのカイルが、折れない。
それが妙に癇に障った。
「いいぜ」
ヴィンスが笑う。だが、その目は笑っていない。
「その代わり、俺が勝ったらお前も何か賭けろ」
「何を?」
「そうだな、全裸で土下座でもしてもらおうか」
「却下だ」
審判が即座に遮った。
「公序良俗に反する」
「チッ、つまんねぇな」
ヴィンスが舌打ちする。
少し考え、口角を吊り上げた。
「だったら普通に土下座でいい」
一拍。
「ただ、この決闘の記録映像を学園公式魔導ネットワークに載せろ」
観客席がざわつく。
正式決闘では生徒による撮影は禁止されている。
だが学園側は記録映像を保存している。
当事者双方が合意すれば、公開は可能だった。
ヴィンスが顔を近づける。
声を落とす。
「お前の無様な姿、学園中に見せてやる」
一拍。
「親父さんにもな」
その一言に、空気が冷えた。
幼馴染であるヴィンスは知っている。カイルにとって、父ガルドの評価がどれほど重いものかを。
それを知っての約束だ。
「今以上に失望して、勘当されるかもな?」
だが。
「いいよ」
ヴィンスが目を見開く。
「僕が勝ったら、リーナさんに謝ってくれるんだよね?なら、その約束守るよ」
あまりに平然とした返答。
ヴィンスは舌打ちした。
(チッ……すかしやがって、泣き虫カイルがよ)
口元が歪む。
(いいぜ、すぐには終わらせねぇ、じわじわいたぶってみっともねぇ姿を学園中に――お前の親父にも見せてやるよ)
二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちた。
次の瞬間、この静寂を破るように審判が手を振り下ろす。




