訓練開始 その1
「……よし」
短く、リオンが言った。それだけで、空気が変わる。
「よくやった。明日から本格的な実戦訓練に入る」
その言葉を聞いた瞬間、カイルの身体から、力が抜けた。
「……っ、は……」
膝が折れる。
そのまま、その場に崩れ落ちた。
呼吸が乱れる。全身が痺れたように動かない。
さっきまで立っていたことが、不思議なほどだった。
「おい、大丈夫かよ……!」
陽翔が慌てて駆け寄る。
「心配するな。覇王天威衝は仰々しい名前がついてはいるが、要は闘気と殺気を相手にぶつける技だ。外傷はない」
「そうなのか?そばで見ている俺でもすごい圧力感じたけど……」
「まあ、相手の心をへし折るための技だからな。特に心が弱っているときに食らえば、後遺症、下手したらショック死する奴もいるって聞くな」
「おい!」
陽翔は叫ぶ。リオンも陽翔もカイルに何があったかまでは聞いていない。
しかし、これまでの話の流れ上、カイルの幼馴染のヴィンスにリーナと関係した何かがあり、カイルの心は相当弱っていたのは察しが付く。
「それでも、必要な事だったんだよ。イヤ、むしろこの状態だったからよかったまでもある」
「どういう意味だよそれ?」
「この技は心の弱った状態の時に、より心が追いつめることが出来る。それこそ、死を感じるほどのな。それを乗り越える事が今のカイルには必要だった」
「そんなこと言って、お前……さっきショック死することもあるって言ってたじゃねえか」
「心を強く持てば、そんな事には絶対ならない。僕はカイルを信じていたよ」
「本当かよ。適当なこと言ってるんじゃないよな?」
「本当に弱い奴は特訓なんて申し込まない。それに、ダンジョン攻略授業の最終日、カイルはリーナを庇って大怪我を負っただろ?」
「それがどうしたんだよ?」
「そんな事、普通出来るもんじゃないんだよ。カイルは他人の為になら恐怖を乗り越えることが出来る奴だ。そんなやつが弱いわけがない。ここで言う強さっていうのは、戦闘の強さじゃない心の強さってやつだ」
「心の強さねぇ……」
陽翔はあまり納得がいっていない様子だった。
「それより、カイルに肩を貸してやれ、寮に戻るぞ」
「えー、俺が?」
「そうだよ。覇王天威衝って技は結構疲れるんだよ」
「なんだよ……俺だって、疲れているのによ……」
陽翔はぶつぶつ文句を言いながらもカイルに肩を貸し、寮に戻っていく。
「はあ、はあ、ゴメンね……ハルトくん……」
「いいよ、気にすんな。俺はどっかの鬼教官と違って優しいからな」
「うるせえ。黙って運べ」
三人の足音が、夜の校舎に響く。
その背中を見送りながら、リオンは、ふと昔を思い出していた。
魔契戦争、邪神復活により、戦線は崩壊しかけた。
多くの貴族は撤退し、勇者召喚にすがった。
その中で、前線に残ったのは、名もなき兵士と、ほんの一握りの貴族だけだった。
ブライトバーン家。そして、ベルネス家。
(……あいつも、残った側だったな)
剣しか取り柄のない男。不器用で、要領も悪くて、だが、最後まで、前線に立ち続けた男。
(本来なら、もっと評価されていいはずなんだがな)
小さく息を吐く。
(ほんと、不器用なやつだ)
視線の先。
ふらつきながらも、支えられて歩くカイルの背中。
その足は、まだ頼りない。
だが、さっきまで、確かに立っていた。
一瞬だけ、目を細める。
(ガルド、お前の息子はちゃんと立ってるよ)




