それでも、剣を握る
夜も更け、校舎にはほとんど人影はなかった。セラフは先に帰らせ、ここに残っているのはリオン、カイル、陽翔の三人だけだ。
「……始める前に、お前の適性を確認したい」
リオンはそう言って、カイルに視線を向けた。
「入学前の適性検査の結果、出せるか?」
「……うん」
カイルは少しだけ躊躇いながらも、ポケットから端末を取り出す。魔導式の小型端末――いわゆるスマホだ。
画面を操作し、リオンと陽翔に見えるように差し出す。
そこに表示されていたのは――
魔法適性:火・水・風・土・光・闇 すべてC
武器適性:剣C、槍D、弓C、斧D、棍D、鞭D
攻撃スキル:C
防御スキル:C
補助スキル:C
カイルは自嘲気味に笑った。
「ははっ……酷いでしょう……」
陽翔が思わず声を漏らす。
「うわー……」
遠慮のない反応だった。
一方で、リオンは表情を変えずにその画面を見ていた。
「……なるほどな」
短く呟く。
そして、顔を上げた。
「よし、カイル。お前は今回の決闘は――魔法なし、木剣での勝負を申し込め」
「なんで剣なんだ?ヴィンスは剣の適性が低いのか?」
陽翔が首をかしげる。
「イヤ、確かヴィンスの適性は剣A、槍A、弓B、斧B、棍B、鞭Dだったはずだ」
「は?」
陽翔が固まる。
「いやいやいや、待て待て待て!」
慌てて手を振る。
「どう考えても勝てないだろ!?なんでわざわざ相手の得意な土俵で戦うんだよ!?」
カイルも戸惑ったように口を開く。
「ぼ、僕もそう思うよ……それなら、まだ斧とか棍の方が……ヴィンスくんの適性、Bなんだよね?」
必死に可能性を探す声だった。
だが、リオンは首を横に振る。
「適性検査の数値だけで、全部が決まるわけじゃない」
淡々と言い切る。
そして、親指で横にいる陽翔を指した。
「コイツ見ろ。すべてSランクなんだぞ」
一瞬の間、カイルは陽翔を見る。そして、納得したように頷いた。
「……確かに」
「おい!?」
陽翔が即座にツッコむ。
「どういう意味だそれ!?」
だが、リオンはそんな陽翔を無視して続ける。
「数値はあくまで目安だ。戦いはそれだけで決まらない」
静かに言い放った。
「むしろ、剣でいい」
その言葉には、確信があった。
「Cと言う事は、最低限の適性があると言う事だ」
リオンは続ける。
「この学園にいると感覚が狂うが、本来BランクやましてやAランクなんてのはめったにいないんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。この魔法学園……正式にはミッドガルド魔法戦術学園ってのは、狭き門を通過した選ばれた人間が入学できる場所なんだよ。落ちこぼれと言われるDクラスの生徒だって、一般人から見れば天才と言われるレベルの人間だ」
「へー」
陽翔は軽い調子で答える。
(軽いな……だからこそ、Sランクなんてのは奇跡的な数値なのに、こいつは……)
リオンは色々と思うところはあったが今は無視した。
「世の中の大半の人間は何の才能もない普通の人間だ。適性検査を受ければほとんどがD判定、適性なしの判定が出るだろう。C判定以上が出ればその道に進む才能は十分あると思っていいい」
「じゃあ、なんで全適性Sランクの俺はこんな苦労してんだよ!」
「シンプルに努力が足りないんだよ。貴族ってのは小さい時から剣術や魔法に関して訓練を受けている。つい最近、力を得たお前とは違う」
「つい最近?」
カイルは意味が分からず、つい疑問を口にするが
「……」
「あ、ゴメン」
リオンと視線が合うと、いちいち細かい質問に答えてる暇はないと言う事を思い出し、黙る。
「いいさ。要は適性ランクCなら、一ヶ月でも“戦い方”は仕込める」
「イヤ、でも、その時間がないじゃねえか?1ヶ月だろ?」
「そうでもないさ。カイル、 武器・スキル訓練で見せてくれた剣術の型をもう一度見せてくれるか?」
リオンは先ほど陽翔が使っていた訓練用に使っていた剣をカイルに差し出す。
「え?うん」
そういうと、カイルは剣を握り学園で習う王立騎士式バトルアーツの剣術の基礎である型を見せる。
「やはりな、華やかさや派手さはないが、ひとつひとつの型が丁寧で、乱れがない」
リオンは納得すると、カイルに近づき、手首を掴む。手のひらには無数の剣だこがある。
「立ち合いは苦手と言っていたが、幼いころから剣術の稽古は真面目に取り組んできたんだな」
「うん、ベルネス家は剣士の家系だからね……」
カイルは視線を落とす。
「昔から父上に無理やり、やらされていたんだ……はじめは稽古もつけてくれたんだけど……」
カイルの父、ガルド・グラム・ベルネスに幼い頃は、毎日のように剣を握らされていた。何度も打ち込まれ、何度も立たされる。
だが――立ち合いになると、どうしても身体が動かなかった。足がすくみ、呼吸が乱れ、ただ立ち尽くすだけになる。
何度やっても、それだけは変わらなかった。やがて、父は、何も言わなくなった。稽古をつけることもなくなった。
その背中が、自分から離れていくのが分かった。見限られたのだと、思った。
それでも、カイルは剣を捨てられなかった。
せめて型だけでもと、誰に見られるでもなく繰り返した。
だが、結果が出ることはなかった。
そしていつしか、逃げるように、魔道具に手を伸ばしていた。
魔道具制作は好きだった。痛くも怖くもないから。得意だった。自分で言うのもなんだけど、才能があったのだと思う。
自分が得意なものに没頭することで、自分の不甲斐なさに目をそらすことができた。自分にも価値があるんだって思えた。
それを、リオンは黙って聞いていた。
最後まで、何も挟まずに、やがて、静かに口を開く。
「……なるほどな」
リオンは短く呟いた。それ以上、何も言わない。カイルの過去を、評価もしないし慰めもしない。
ただ、一歩、前に出た。
「カイル」
低く呼ぶ。
「剣を構えろ。そこに立て」
「え? う、うん……」
戸惑いながらも、カイルは訓練用の剣を握る。
ぎこちなく構える。
次の瞬間、リオンは無言で短剣を抜いた。
空気が変わる。
――重い。
その場にいた全員が、本能で理解した。これは“訓練”ではない。
「……っ!?」
陽翔が息を呑む。
身体が、動かない。
ただ横で見ているだけなのに、足が地面に縫い付けられたように動かない。
視線の先、カイルはすでに限界だった。
全身が震えている。
脂汗が噴き出し、呼吸が乱れる。喉が鳴る。
足が、今にも崩れそうだった。
それでも、リオンは一歩も引かない。
ゆっくりと、刃を向ける。
「カイル」
静かな声、だが、逃げ場はなかった。
「決闘で勝つための技云々は後回しだ」
一歩、踏み込む。
「まずは死の恐怖を乗り越えてもらう」
その言葉と同時に、“殺気”が膨れ上がる。
「……っ!!」
カイルの膝が、折れかける。
視界が揺れる。呼吸が出来ない。心臓が、暴れる。
「どんな技術も、恐怖に飲まれれば終わりだ」
リオンの声は冷たい。
事実だけを突きつける。
「立てなきゃ意味がない」
さらに圧が増す。
「これに耐えられないなら、諦めろ」
「……っ」
陽翔が思わず声を出す。
「お、おい……!」
「黙っていろ」
即座に切り捨てる。
視線は一切逸らさない。
ただ、カイルだけを見ている。
「カイル」
低く、しかし確かに届く声。
「お前なら出来るはずだ」
わずかな間。
「――思い出せ」
その一言が、突き刺さる。
「なんでここに立ってる」
空気が震える。
「恐怖に負けそうになったら、思い出せ」
刃が、わずかに上がる。
「何のために、剣を握った」
――そして、リオンの足が、踏み込まれる。
「行くぞ!」
空間が、軋む。
「シンエイリュウ戦技――」
殺気が、爆ぜた。
「覇王天威衝!!」
――来る。
そう思った瞬間には、もう遅かった。リオンの姿が、消える。
次の瞬間、目の前にいた。
「――っ!?」
速い、なんて認識は間に合わない。
ただ、“死ぬ”という確信だけが、脳を焼いた。
短剣が、一直線に迫る。
喉元へ。避けなきゃ。防がなきゃ。
分かっているのに身体が、動かない。
足が地面に縫い付けられたように動かない。
腕が、上がらない。呼吸が、出来ない。
(イヤだ)
思考が、崩れる。
(怖い)
視界が狭まる。
(やめて)
心臓が、壊れそうに暴れる。
(死にたくない)
何も出来ない。
ただ、見ていることしか出来ない。
あの時と、同じだ。何も出来なかった、あの時と刃が、もう目前まで迫る。
(逃げたい)(無理だ)(無理だ無理だ無理だ――)
意識が、沈む。
このまま、目を閉じれば楽になれる。
そう思った、その瞬間――
『――なんでここに立ってる』
リオンの声が、思い出される。
「……っ」
思考が、わずかに繋がる。
(なんで……なんで、僕は――)
脳裏に焼き付いた光景が浮かぶ。
――リーナさんの、泣き顔。悔しそうに、唇を噛んでいた。震える手。こぼれ落ちる涙。
そして、その前で自分は何も出来なかった。動けなかった。怖くて、立てなかった。
(また……?)
胸の奥が、軋む。
(また、同じことをするのか?)
逃げるのか?目を逸らすのか?何も出来ないまま、終わるのか?
「――ふざけるな」
声が、漏れる。震えている。情けない声だ。
それでも――
消えなかった。
「ふざけるな……っ!」
心臓が、叩きつけるように脈打つ。
怖い。怖いに決まってる。足は震えている。今にも崩れそうだ。
それでも――
「いえああああうああああああああああああああああああ!!」
叫ぶ。
みっともなく。格好悪く。涙も鼻水も垂らしながら。
それでも目を、逸らさなかった。迫る刃を、見た。逃げなかった。
リオンの短剣が喉元、紙一重で止まる。
皮膚がわずかに裂け、赤い線が走る。
だが、それ以上は進まない。
リオンの短剣が、そこで止まっていた。
沈黙。荒い呼吸だけが響く。
膝は笑っている。
今にも崩れ落ちそうだ。
それでも、カイルは、そこに立っていた。




