決闘のルール
「まず、決闘システムだが、基本的には下位のクラスが上位のクラスに挑むものだ」
リオンは淡々と口を開いた。
「上位クラスのほうが、下位クラスより寮や食堂、訓練設備なんかが充実しているのは知っているよな?」
「ああ、知ってるよ。前に師匠にAクラスの寮を見せてもらったしな。てっきり、あそこに住めると思ってたのに」
陽翔が悔しそうに言う。
リオンは呆れたようにため息をついた。
「なんでそう思えたのか今でも謎だが……まあ、そういうことだ。決闘に勝てば、その施設を下位クラスが奪える」
「マジで!?じゃあ、あのAクラス専用食堂もか?」
陽翔が身を乗り出す。
「ああ、もちろんだ。勝てればな」
「でも、DクラスがAクラスに勝つことなんて、ほぼないよね」
カイルが現実的な指摘をする。
「まあな。Dクラスどころか、CクラスやBクラスでも厳しい。それだけAクラスは選ばれた連中ってわけだ」
三人の空気が少しだけ重くなる。
だがリオンは構わず続けた。
「だからこそ、Aクラスには制限がある。下位クラスには決闘を挑めないし、下からの挑戦も拒否できない。常に狙われる側ってことだ」
「なるほどな……リスク込みってわけか」
陽翔が腕を組む。
「その通りだ。そしてもう一つ重要なのが――決闘の主導権は基本的に下位クラスにある」
「主導権?」
「どの形式で戦うか、こちらが決められる。個人戦か団体戦か。三対三か五対五か。さらにルールも選べる。魔法限定、武器限定、素手、あるいは何でもあり……全部こちら次第だ」
「へぇ……それは確かに有利だな」
「ただし、それもDクラスだからこそだ。C、Bと上がるにつれて選択肢は減る。つまり、それだけAクラスとの差が大きいってことだな」
カイルが静かに頷く。
「そして、もう一つ」
リオンはわずかに視線を細めた。
「こちらにとって、一番大きい主導権がある」
「それって……?」
カイルが息をのむ。
「対戦相手を指名できる」
一瞬、空気が張り詰める。
「……っ」
カイルの喉が鳴る。
リオンはそのまま言い切った。
「カイル、お前はヴィンセントを指名するんだ」
一瞬、空気が張り詰めた。
カイルは何も言わない。ただ、視線を落とし静かに拳を握る。
ヴィンスの顔が脳裏に浮かぶ。リーナの怯えた表情も。
胸の奥が、じわりと熱くなる。怖くないわけじゃない。
勝てる保証もない。
それでも――
ゆっくりと顔を上げた。
「……分かった。やるよ」
その声に、迷いはなかった。
「……それで、勝った後はどうなるんだ?」
「奪った施設は一定期間、独占できる」
リオンは指を一本立てた。
「期間は原則一か月。ただし、格上を倒した場合は例外がある。DクラスがAクラスに勝った場合……一年だ」
「い、一年!?」
陽翔が声を上げる。
「それくらいしないと釣り合わないからな。ほぼありえない事態に対する報酬だ」
「じゃあ、その一年の間は、Aクラスは使えないってことか……」
「そうなる。逆に言えば、それを取り戻す手段もある」
「奪還戦か?」
陽翔が食いつく。
「その通り。ただし、すぐにはできない。最低でも一か月は間隔を空けなければならない」
「じゃあ、一か月ごとにチャンスはあるってこと?」
「形式上はな。ただし――奪還する側にはハンデが課される」
リオンの声音が少し低くなる。
「まず、対戦形式とルールの選択権はすべて防衛側、つまり奪った側にある。さらに、対戦相手の指名もできない。誰が出てくるか分からない状態で戦うことになる」
「うわ、それキツくねえか?」
「当然だ。取り返す側なんだからな。それくらいの不利は背負ってもらう」
カイルが口を開く。
「……それって、相手がDクラスの場合でも同じ?」
「いや、むしろもっと厳しくなる」
三人の視線がリオンに集まる。
「AクラスがCやBクラスに奪還戦を挑む場合より、Dクラスに挑む場合の方が制約は重い。人数制限、装備制限、あるいは連戦の義務……いくつかの不利条件が追加される」
「なんでそこまで?」
「単純な話だ。Dクラスに負けるなんて、本来ありえないからだ」
リオンは淡々と言い切る。
「それだけの失態を犯した以上、取り返すのも楽じゃないってことさ」
陽翔が思わず唾を飲み込む。
「……Aクラス、地獄じゃねえか」
「その代わり、普段は最高の環境を享受してる。リスクとリターンのバランスだな」
少しの沈黙が落ちる。
やがてカイルが静かに口を開いた。
「……でも、僕は別に施設が欲しいわけじゃない。ヴィンスくんに、リーナさんに謝ってほしいだけなんだ」
リオンは一瞬だけ目を細める。
「気持ちは分かるが、このシステムはあくまで施設の奪取が前提だ。個人間の要求については、学園側は保証しない」
「え、それじゃ意味ないじゃん」
陽翔が不満そうに言う。
「いや、禁止されているわけじゃない。あくまで“保証しない”だけだ。決闘前に公衆の面前で約束させればいい。破れば、そいつは学園での信用を失う」
「……確かに」
カイルが小さく呟く。
「ただし、そのやり方を取るなら相手も同じことをしてくる。そこは覚悟しておけ」
その言葉に、カイルはゆっくりと息を吐いた。
「……分かった」
顔を上げる。
「やるよ」
その目には、もう迷いはなかった。
リオンはその様子を見て、わずかに口元を緩める。
「よし。なら、三対三の団体戦でAクラスに挑む。相手は――ヴィンセント・ローゼンハルトを指名する」
カイルは短く頷いた。
そして、すぐにリオンが続ける。
「ただし、一つ言っておく。今回、僕は勝てない」
「は?」
陽翔が間の抜けた声を上げる。
「どういうことだよ?」
「事情は説明できない。だが、僕はこの決闘で勝つわけにはいかない」
リオンは淡々と告げる。
(元軍人で、実際は三十路を超えている大人が、学生の決闘に出ること自体、本来は自粛すべきことなんだよな……まあ、僕も身分上は学生だからルール的には問題ないが――これで本気で勝ちにいったら、確実に学園長に呼び出されて説教コースだ。……いや、間違いなく怒鳴られるな)
カイルは一瞬だけ眉をひそめる。
理由は気になる。だが――。
(……聞かない方がいい)
先ほどの言葉が頭をよぎる。
“いちいち説明している時間はない。信じるか、やめるかだ”
カイルは小さく息を吐いた。
「……分かったよ」
それ以上は問わない。
リオンはその様子を一瞥し、話を続けた。
「次に決闘の申請方法について、説明する」
「申請方法?」
「二通りある。クラスの過半数の承諾を得て行うものと、出場者だけで決めるものだ。前者なら、負けた時のペナルティはクラス全体で分担される」
「じゃあ、それでいいじゃねえか」
陽翔が言う。
リオンは首を横に振った。
「無理だ。DクラスがAクラスに挑むなんて無謀すぎる。過半数の賛成なんて得られない」
二人は黙り込む。
「だから、出場者だけで決める形式になる」
「それって……」
カイルが不安げに口を開く。
「負けた場合のペナルティは、出場者がすべて背負う。しかも、その分内容は重くなる」
リオンの声がわずかに低くなる。
「敗者には首輪がつけられる。『隷属環』っていってな、ペナルティ期間中は常に装着義務だ。風呂に入る時も、寝る時も外せない。それに、常に監視されている状態になる」
陽翔が眉をひそめる。
「監視?」
「ああ。位置も状態も全部、学園側に把握される。逃げたり、外したりすればすぐに発覚だ」
リオンは視線を落とさず言い切る。
「その場合、ペナルティは延長される」
そして、リオンはもう一つ付け加える。
そして、その首輪をつけたまま、期間中はAクラスの雑用係として扱われる」
「雑用……?」
陽翔が眉をひそめる。
「表向きはな」
リオンは淡々と続ける。
「実態は、公然のいじめだ。命令は絶対、拒否権はない。逆らえばペナルティは延長される」
場の空気が凍りつく。
「……昔、Bクラスの生徒がAクラスに挑んだことがある」
ぽつりとリオンが言った。
「結果は惨敗。その後、その生徒は心を病んで、退学した」
誰も何も言えなかった。
「リスクは理解したな」
静かな確認だった。
カイルはゆっくりと頷く。
「……うん」
「本来なら、こんな決闘に他の連中を巻き込むべきじゃない。だから、出るのは僕と、お前たち二人だけだ」
「おい待てよ」
陽翔が顔を上げる。
「お前、勝てねえって言ったよな?」
「言ったな」
「じゃあ実質二対三じゃねえか!」
「そうなるな」
「おい!」
リオンは肩をすくめる。そして、少しだけ声を落とした。
「安心しろ……万が一、負けた場合は、そのペナルティは僕も一緒に受ける」
カイルと陽翔が息をのむ。
「二人だけに背負わせるつもりはない」
それだけ言って、リオンは視線を逸らした。
「なーに」
わざとらしく軽く笑う。
「お前ら二人が勝てばいい。簡単な話だろ」
リオンは軽い調子で言うのであった。




