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踏み出した一歩

 カイルの突然の言葉に、三人は動きを止めた。

  一瞬の静寂。誰も言葉を発さない。

 やがて――

 「……は?」

 最初に口を開いたのは陽翔だった。

 「いやいやいや!お前、何言ってんの!?」

 陽翔は大げさに両手を振りながら叫ぶ。

 「これはな!?訓練という名を借りた――ドSシスターによる拷問なんだぞ!?それに参加したいとか、正気の沙汰じゃ――」

 パシッ!!

 「ぎゃああああああああ!!」

 セラフの鞭が、容赦なくハルトを打ち据える。

 「誰がドSシスターですか?」

 にこりと微笑む。その頬はわずかに紅潮している。

 「わたくしは常に慈愛の心を持って、迷える子羊を女神様に代わって正しい道へ導いているだけなのですよ。はあ、はあ、はあ……」

 「嘘つけ!めっちゃ興奮してんじゃねえか!このドS変態シスターが!!」

 パシッ!パシッ!パシッ!!

 「ぎゃああああああああああああ!!」

 「わたくしへの暴言は、女神様への冒涜と知りなさい」

 セラフはゆっくりと鞭を振り上げる。

 「さあ――ひざまずきなさい!懺悔なさい!豚のように泣きなさい!」

 「ちょっと待て!!完全に素が出てんじゃねえか!!」

 ハルトは地面を転げ回る。


 「……はぁ」

 そんなやり取りに呆れ、リオンは深くため息をついた。

 止めるのもめんどくさいので、放置することにした。

 「……」

 しばらくそのやり取りを無視したまま、カイルへと視線を向けた。

 「で?相手は誰なんだ?」

 短く問いかける。

 「え……?まだ、何も――」

 「お前のその顔と、汚れた制服」

 リオンは淡々と言い切る。

 「言わなくても大体分かる」

 一歩、カイルに近づく。

 「こいつの面倒を見た後、僕は僕の鍛錬もある。無駄に時間をかける気はない」

 その目がわずかに鋭くなる。

 「必要なことだけ、端的に答えろ」

 「ヴィンセント・アルバレクス・フォン・ローゼンハルト」

 カイルは、自分が特訓を望んだ理由を、震える声で告げた。

 「……ローゼンハルト家の嫡男か」

 リオンはわずかに眉をひそめる。

 「また厄介な相手だな……」

 小さく呟いた。

 その呟きに、ハルトが顔をしかめた。


 「そんなに厄介な相手なのか?」

 「ああ」

 リオンはあっさり頷く。

 「はっきり言って天才だな。適性検査でも複数Aランク持ち。大した努力もせずに、魔法、武術、学力すべ てで上位に食い込む。いわゆる、なんでも出来るタイプだな」

 「マジかよ……」

 ハルトがげんなりとした声を漏らす。

 「ただ――」

 リオンの目がわずかに細くなる。

 「その恵まれた才覚のせいで、性格は傲慢だ。他者を見下し、女遊びも激しい。BやCクラスの女子を中心に手を出しているらしい」

 「なんだと!?それは許せねぇ!!」

 ハルトが食ってかかる。

 「お前のそれは、ただの嫉妬だろ」

 「うるせぇな!」

 軽口を叩き合う二人をよそに、カイルは戸惑いを隠せなかった。

 「な、なんで……そんなに詳しいの?」

 リオンは一瞬だけ視線を外す。

 ほんのわずかな間。

 だが、すぐにカイルへと向き直る。


 勇者候補を監視する立場にあるリオンにとって、学園内の情報収集は日常だった。特に勇者派閥に関しては、細部まで把握している。

 だからこそ、ヴィンスの情報も当然のように頭に入っている。だが、それをカイルに説明するわけにはいかない。

 「カイル」

 声音が少しだけ低くなる。

 「これから僕がお前に稽古をつけるにあたって、色々と疑問は出てくるだろう」

 「……」

 「だが、いちいち説明している時間はない。僕を信じて特訓を受けるか、それともやめるか。選べ」

 カイルは息を呑んだ。

 確かに、疑問はあった。

 リオンの出自。陽翔との関係。どこか作られた設定のような、掴みどころのない違和感。

 それでも今まで一度も、リオンに対して嫌な感情を抱いたことはなかった。


 (きっと……言えない事情があるんだ)

 拳を握る。顔を上げる。

 「やるよ」

 迷いはなかった。

 「リオンくんを信じる」

 リオンは一瞬だけ目を細めた。その覚悟を確認するように。

 「……分かった。一か月後、決闘システムを使う」

 「一か月!?」

 ハルトが目を見開く。

 「そんな短い期間で、カイルがそのヴィンスってやつより強くなれんのか?」

 「無理だな」

 即答だった。

 「おい!!」

 ハルトが叫ぶ。

 リオンは構わず続けた。

 「はっきり言う。カイルとヴィンスの才能の差は歴然だ。今から地道に鍛えても、卒業までに追いつくのは難しい」

 カイルの表情が強張る。

 「じゃあ……余計に、一か月じゃ――」

 「勝負ってのはな強い奴が必ず勝つわけじゃない。そのための方法を、今から叩き込む」

 その言葉に、空気が変わる。


 「はいはい!!」

 突然、ハルトが手を挙げた。

 「じゃあ、俺も決闘に出る!」

 「突然だな」

 リオンが呆れたように言う。

 「突然じゃねえよ!」

 ハルトは食い気味に返す。

 「いい加減、俺も評価されてえんだよ!ダンジョン攻略授業で総合一位取ったのに、なんか扱い雑だし!」

 「それは、お前が以前、Cクラスに行って自慢して迷惑かけたからだろ」

 「うっ……!反省してるって!だからこうして毎日特訓してんじゃねえか!」

 「すぐサボろうとするけどな」

 「うるせえな!!」

 ハルトは顔を赤くする。

 「それでも実力はついただろ!俺も蓮みたいに、みんなの前で勝って称賛されてえんだよ!」

 「……はあ」

 リオンは小さくため息をついた。

 (そういうところは、全然変わってないんだよな……こいつ)

 だが、実力が伸びているのも事実だった。

 「……分かった」

 リオンは短く言う。

 「お前も出ろ」

 「マジか!?」

 「ただ、そうなると三対三の団体戦になる」

 「団体戦?」

 ハルトが首をかしげる。

 「お前……Dクラスに決まった時に、決闘で上に行くとか言ってなかったか?」

 「う、うるせえな!要は上のクラスに決闘を申し込んで、勝てばいいんだろ!細かいルールなんて知らねえよ!」

 「はあ……」

 リオンは呆れたように息を吐いた。

 「分かった。じゃあ、決闘システムについて、ざっくり説明してやる」

 リオンはそう言って、静かに口を開いた。

 

 

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