震える剣と、踏み出せない僕 その5
グラントの店を出たあと、二人は裏路地を抜けて王都の中心街へ向かった。石畳の道は次第に広くなり、人通りも一気に増えていく。
リーナが、魔道具を選んでくれたお礼がしたいと言い出し、王都の中心街にある若者に人気のカフェ通り《ルミナ・ストリート》へ案内してくれたのだ。
そこは王都でも有名な若者の街だった。色鮮やかな看板、魔導灯の装飾、流行の服を並べた店や甘い匂いの漂う菓子店、ルミナス用の撮影スポットまで並んでいる。楽しそうに笑う学生たち、写真を撮り合う若者たち。どこもかしこも賑やかだった。
(うわー……いかにも最近の若者の街って感じだな……イヤ、僕も最近の若者なんだけどさ……)
カイルは少しだけ肩をすくめながら周囲を見回した。さっきまで歩いていた魔道具の裏通りとは、まるで別の世界だった。
(僕一人だったら絶対来ない場所だ……)
そんなカイルの内心とは対照的に、リーナは慣れた様子で歩いていく。
しばらく歩くと、リーナが一軒の店の前で足を止めた。
「ここ、ここ!」
指差した先には、ガラス張りのカフェ。外からでも店内がよく見える。淡い魔導灯の光に照らされた店内は明るく、壁には装飾用の魔導ランプや花飾りが並び、どこを見ても写真映えを意識した作りになっていた。
テラス席では、若い男女が楽しそうに魔導端末を構えて写真を撮っている。色とりどりの飲み物や、やけに派手な見た目の菓子がテーブルに並んでいた。
「ここ、ウチよく来るんだ」
リーナは慣れた様子で言う。
カイルは店を見上げたまま固まっていた。
(うわ……)
そこは若者向けのいわゆる“映え”を意識したカフェだった。
(……僕一人だったら絶対入らないやつだ……)
というより、入れない。
場違い感がすごい。そんなカイルの内心など気にする様子もなく、リーナはくるりと振り返る。
「行こっか、カイルっち!」
「え、あ、は、はい……」
完全に引きずられる形で、カイルは店の扉をくぐった。
店内に入ると、店員に案内されて窓際の席に座った。
カイルは渡されたメニューを開く。
そこには見慣れない言葉が並んでいた。
《ルミナ・フロート》《魔導クリスタルパフェ》《星屑パンケーキ》《きらめきユニコーンソーダ》
(……なにこれ……)
料理なのか、魔道具なのかすら分からない。説明文も妙に洒落ていた。
“光の魔導シロップが織りなす幻想的な甘味体験”
(いや……だから何なんだよ、それ……)
完全に理解を放棄する。その間にもリーナは楽しそうにページをめくっていた。
「あ、これ新作じゃん!」
ぱっと顔を上げる。
「すみませーん!この《星屑パンケーキ》くださーい!」
店員が笑顔で頷く。
リーナがこちらを見る。
「カイルっちは?」
「え、あ……」
メニューを見る。だが、どれを見ても意味が分からない。
三秒ほど悩み、結論を出した。
「……じゃ、じゃあ……僕も同じもので……」
「了解です!」
注文が通り、しばらくして運ばれてきた皿を見て、カイルは固まる。
ふわふわのパンケーキの上に、星形の菓子や果物が散りばめられ、淡く光る魔導シロップがとろりとかけられていた。さらに小さな魔導灯が仕込まれているのか、皿全体がきらきらと輝いている。
(……ど、どうやって食べるんだこれ……)
完全にSNS映え用のスイーツだった。
カイルが困惑している横で、リーナは大はしゃぎだった。
「めっちゃ映える!」
魔導端末を取り出し、さっそく写真を撮る。
「ちょっと待って、角度変えるね!」
カメラを構え、何枚も撮影する。
だが――
「……あれ?」
リーナが首を傾げた。もう一度シャッターを切る。
「うーん……」
さらに何枚か撮る。
「やっぱ、最近調子悪いな……」
カメラを覗き込みながら、少し困ったように呟いた。
その様子を見て、カイルはふと気づく。
(……あれ?)
よく見ると、そのカメラはかなり古い型だった。
今のルミナス配信者が使うような最新の魔導端末とは明らかに違う。
カイルは思わず口に出していた。
「……グラントさんのお店でも使ってましたけど、のリーナさん、そのカメラ……ずいぶん古い型ですね」
「あ、これ?」
リーナはカメラを軽く持ち上げる。
「うん、古いよ」
少しだけ笑った。
「買ったときは写真も動画もとれる最新機種だったんだけどね」
そう言って、カメラをそっと撫でる。
「これね、お母さんが買ってくれたんだ」
カイルははっとした。
(……そういえば……)
以前、配信でそんな話をしていた気がする。
(リーナさん、小さいころにお母さんが亡くなったって……)
リーナはカメラを見つめたまま続けた。
「だから、ずっと使ってるんだ」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「ルミナス始めたのもさ、天国のお母さんに見てほしいなって思ったから」
カイルは言葉を失う。
リーナは少し肩をすくめた。
「でもね、この子もう限界みたいでさ。メーカーにも聞いたんだけど、古すぎて部品がないんだって。だから修理もできないらしくて」
少しだけ寂しそうに笑う。その言葉を聞いた瞬間、カイルの頭の中で何かが弾けた。
「あ、あの!」
思わず声が大きくなる。
リーナが目を丸くする。
「そのカメラ……僕に預けてもらえませんか?」
「え?」
カイルは慌てて言葉を続けた。
「あ、あの、僕……魔道具の修理、少し得意なんです。ぶ、部品も、さっき行った裏路地の魔道具専門店なら、古い型の部品を扱ってる店が結構あって……メーカーに残ってない部品でも、解体品とか試作品とかが流れてくることがあるんです。導線とか魔力制御板なら代替品を作れる場合もありますし、内部構造さえ分かれば、調整すればまだ使える可能性も……」
そこまで言って、カイルははっと口を閉じた。しまった。また、一気にまくし立ててしまった。
少し視線を落とす。
「……あ、あの……その……大切なものですから……他人に預けるのは嫌かもしれませんけど……」
言いながら、恐る恐るリーナの顔をうかがう。
ほんの一瞬の沈黙。リーナはぱちぱちと目を瞬かせたあと、ふっと笑った。カメラをそっと持ち上げるとにっこり笑う。
「ううん、全然嫌じゃないよカイルっちなら信用できるから。それじゃあ、お願いできる?」
カイルの顔がぱっと明るくなる。
「ハ、ハイ!」




