震える剣と、踏み出せない僕 その4
待ち合わせ場所には、約束の一時間前に到着していた。
(……早すぎた……)
分かっていた。分かってはいたが、落ち着いて部屋にいられなかったのだ。
そわそわと視線を彷徨わせていると――
「カイルっち!」
聞き慣れた明るい声に勢いよく顔を上げる。
桃色のポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくる少女。
「あ……」
柔らかな色合いの上着、軽やかなスカート。いつもの学園とはまるで違う雰囲気の私服のリーナさんに、僕は一瞬で心を奪われた。言葉にならない。致命的なまでに可愛かった。
「ごめーん、待った?」
「イ、イエ! 今来たところです!」
反射的に答える。
(な、何か言え……!こういう時は褒めるんだろ!?)
この前、買った恋愛マニュアル本にも書いてあった。
「……あ、あの……ふ、服……その……」
完全に失敗した。
「え?」
リーナさんが首を傾げる。
「……に、似合ってます……」
消え入りそうな声。ほんの一瞬の沈黙。
そして――
「あはは、なにそれ。ありがと、カイルっち。カイルっちも似合ってるよ♪」
屈託のない笑顔。それだけで心臓がさらに高鳴る。
「じゃ、行こっか!」
並んで歩き出す。憧れのリーナさんとの、二人きりでのお出かけが始まった。
「でさでさ、どこ行く?カイルっち、おすすめの店とかある?」
「……え?」
思考が止まる。予想外の質問だった。
(僕の……おすすめ……?)
逡巡、迷い、そして――
「……あ、あの……一応、知ってる店はあるんですけど……」
「ほんと!? 行こ行こ!」
即答だった。
(でも……ルミナスのリーナさんを、あそこに連れて行って大丈夫かな……)
迷いながらも、カイルはいつも通っている裏路地へ足を向けた。
表通りから少し外れた細い道。裏路地に入った瞬間、空気が変わった。
露店の並ぶ通り。魔道具の部品や試作品が所狭しと並んでいる。
「へー……こんなところあったんだ」
そこには、知る人ぞ知る魔道具専門店が並んでいた。
「それじゃあ、行きましょう」
カイルはよく通っている魔道具店に早速向かう。
「おや、カイルじゃないか」
「あっ、ハグナーさん、こんにちは」
露店の主人が声をかけてくる。
「この前言ってた導線、少し改良してみたぞ」
「本当ですか?曲率は緩やかにしました?」
「お前の指摘通りな」
店主が笑う。
「相変わらず細かいところを見るな」
ハナグーさんとあいさつを交わし、また歩き出すと今度は店の窓から、油で黒ずんだ手袋の男が顔を出す。
「おい、カイル、試作品どうだった?」
「第二段階で魔力が揺らぎました。導線を少し太くすれば安定すると思います」
「……やっぱり気づくか」
さらに奥の露店からも声が飛ぶ。
「おう!カイル! たのまれたて新作の魔道具、入ってるぞ!」
「本当ですか? 今度、取に行きますね」
様々な店主との自然な会話。視線も落ちない。声も震えない。学園にいる時とは人が違っていた。
隣でリーナが目を丸くしている。
「……カイルっち、すごくない?」
「え?」
「なんか、大人の人と知り合いだし、みんなと普通に専門用語で話してる」
少しだけ照れくさくなる。
「初等部の頃から通ってるので……顔見知りが多いだけです」
その声はどこか誇らしげだった。
裏路地の奥、ひときわ古びた看板の店の前でカイルは足を止めた。控えめな魔導灯が揺れ、木製の扉には細かな傷が刻まれている。
「ここが……?」
リーナが少しだけ声を潜める。
「はい。王都の大型店も品揃えは豊富ですけど……ここは自作の魔道具が多いんです。量産品じゃなくて、作り手ごとに癖があるんです。だから、細かい調整が利くんです」
口調は落ち着いていた。どもらない。視線も逸れない。
「ルミナスの配信って、光の質とか音の抜け方とか、結構印象を左右しますよね。ここなら、リーナさんの雰囲気に合わせた一点物が見つかると思います」
リーナが目を丸くする。
「……カイルっち、なんかプロみたい」
「い、いえ……」
照れはするが、言葉は続く。
「大型店は無難です。でも、個性を出すなら、こういうところの方が向いてるかと」
扉を押し開けると、小さな鈴が鳴った。
「おや、カイルの坊ちゃんじゃないか」
作業台の奥から、白髭の老人が顔を上げる。
「あっ、グラントさん、こんにちは」
「この前、頼まれとった小型魔力結晶は、まだ入っとらんぞ」
「いえ、今日は……その……別の用事で」
そう言いながら、ほんの一瞬だけ隣を見る。
グラントの視線も、ゆっくりとそちらへ向いた。
「ほう……」
皺だらけの目が細くなる。
「今日は可愛いお嬢さんを連れてきたのう」
「……っ!」
一気に顔が熱くなる。
「坊ちゃんも、そういう年頃になったか」
「ち、違います!」
即座に否定した。
「同じ学園に通っているクラスメートです!」
必死すぎる声音にグラントは喉の奥でくつくつと笑う。
「ほうほう。クラスメート、のう」
「ほ、本当ですから!」
横でリーナが楽しそうに笑っている。
「はじめまして、グラントさん。今日はルミナス活動で使う魔道具を探しに来ました」
「なるほど。なら、坊ちゃんに選んでもらえばいい」
老人はゆっくりと頷く。
「この坊ちゃん、魔道具については誰よりも詳しい。プロ顔負けじゃ」
「い、言いすぎですよ!」
グラントは鼻で笑う。
「言いすぎではない」
作業台に手をつき、ゆっくりと語り始めた。
「初めてここに来たのは、まだ初等部の頃じゃったな。棚にも背が届かん小さな坊主が、売り物に混ざっとった欠陥品を見抜きおった」
リーナが目を丸くする。
「え、欠陥品って、どうやって分かるんですか?」
「魔力の流れの揺らぎじゃ。ほんのわずかに歪んどった」
グラントは続ける。
「わしですら見落としかけた誤差を、この坊ちゃんは一目で指摘した」
「た、たまたまです」
「たまたまでそんなことが出来るか」
老人は短く笑う。
「そして最近じゃが、王都の職人でも匙を投げた演算式の崩れた魔導撮影機を、三日かけて修理しおった」
「え……?」
今度はリーナが完全に固まる。
「え、それって……」
「内部の魔力回路が絡み合っとった。普通は全交換じゃ。だが坊ちゃんは一本ずつ解いて組み直した」
カイルは耳まで赤くなる。
「ほ、本当に偶然うまくいっただけで……」
「偶然で三日も机にかじりつけるか」
グラントは穏やかに言った。
「坊ちゃんは、派手ではないが、根気がある。そして目がいい」
リーナはじっとカイルを見る。少しだけ、見方が変わったような目で。
グラントは腕を組み、ふむ、と唸った。
「坊ちゃんなら、立派な魔道具技師になれると思うんじゃがのう」
その言葉に、空気がわずかに止まる。
カイルは目を伏せた。
「いえ……それは……」
小さく、歯切れの悪い声。
グラントはそれ以上は追わない。ただ静かに続ける。
「才能もある。目もいい。根気もある。わしの若い頃より、よほど筋がいい」
リーナがぱっと顔を上げる。
「いいじゃん! 絶対、カイルっちに向いてると思う!」
迷いのない声。カイルは一瞬だけ視線を向ける。だが、すぐに逸らした。
グラントは静かに首を振る。
「お嬢ちゃん、坊ちゃんは貴族じゃからのう」
その声は穏やかだが、どこか現実を知る響きがあった。
「家を継ぐ身分というものは、そう簡単には進路を選べんのじゃよ」
リーナの表情が少しだけ曇る。
「……そっか」
カイルは曖昧に笑う。
「……趣味ですから」
その言葉は、どこか自分に言い聞かせるようだった。
グラントは、そんなカイルをじっと見つめる。
「趣味でここまで出来るなら、大したものじゃがな」
「そ、それより、魔道具ですよ!」
カイルは慌てたように声を上げた。
「今日はリーナさんのルミナス活動用の魔道具を探しに来たんですから!」
どこか空気が重くなりかけたのを、強引に断ち切るような口調だった。
グラントは小さく笑う。
「ほう、そうじゃったな」
カイルはすぐに棚へ向き直る。
「ええと、まず光量を柔らかく調整できる魔導灯がいいと思います。大型店のものは無難ですが、ここは光の波長を細かく変えられるんです。リーナさんの配信は表情が命ですから、硬い光よりも拡散型のほうがいいと思います。あ、それと音響補助具も。量産型は高音が抜けすぎる傾向があって、声が軽くなるんです。ここなら魔力振動を抑えた一点物があって、低音を残しつつ透明感も出せますし、長時間配信でも魔力消費が安定します。それに、この店のは熱暴走しにくいので顔色も変わりにくいですし、背景の色味も自然に出るんです。あと演出用に微細な光粒子を出せる小型演算板もあって、派手すぎずに“映える”感じが作れると思います」
「……」
ふと、我に返る。
(しまった……)
一人でしゃべり続けていた。
“会話はキャッチボール。自分の話をするな。まずは質問しろ。相手の言葉を繰り返し、『それいいね』『それ大変だったね』と共感を示せ”
再び、恋愛マニュアル本の内容を思い出す。
(……全然できてない……)
「す、すいません! 僕ばっかり一方的に……」
慌てて振り向く。
だが、リーナさんは楽しそうに目を輝かせていた。
「あはは、いいっていいって! カイルっち、めちゃくちゃ楽しそうじゃん!」
「え?」
「ウチも勉強になるし! こういう裏話、配信で話したら絶対ウケるよ」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。
「そうだ!」
リーナがぱっと手を叩く。
「ここ、配信していい?」
グラントを見る。
老人は顎髭を撫でた。
「ほう、宣伝になるなら大歓迎じゃ」
にやりと笑う。
「このオンボロ魔道具店を、世間様に広めてくれ」
「オンボロじゃないですよ!」
カイルが即座に否定する。
リーナはすでに魔導端末カメラを構えている。
「じゃあ、いきまーす!」
ぱっと笑顔を作る。
「今日はちょっと変わった魔道具店に来てます♪ 王都の裏路地にある、知る人ぞ知る名店!」
くるりとカメラを回す。
「店主のグラントさんでーす! イエーイ♪」
「イエーイ」
グラントが低い声でノリノリでポーズを取る。
「ええ……」
普段絶対そんなことをしないグラントの行動に困惑し、カイルが固まる。
リーナが爆笑する。
「あははは♪グラントさんノリいいー!」
「こういう若者のノリにもついていかなくてはな」
グラントはは真顔で答える。
「カイルっちも、一緒に配信する?」
「ぼ、僕はいいです!」
即答だった。顔が真っ赤になる。
「裏方で十分ですから!」
「えー、もったいなーい」
リーナが笑いながらカメラを構え直す。
「じゃあ今日は、秘密のガイドさん付きでお送りします♪」
「ちょ、ちょっと待っ――」
「はい! じゃあ秘密のガイドさん、この魔導灯のすごいところ教えてください!」
返事を待たない。
「え、ええと……」
一瞬、頭が真っ白になる。
だが、魔道具の話になると、不思議と声は落ち着いた。
「この魔導灯は波長を細かく調整できて、光が硬くならないんです。長時間配信でも顔色が変わりにくいですし、背景の色も自然に出ます」
「へー! それ大事!」
「あと、魔力消費も安定していて、熱暴走もしにくいので……」
止まらない。
さっきまで“話しすぎた”と反省していたはずなのに、また説明が加速する。
だが今回は違う。
リーナが「それ今の配信で困ってたやつかも!」と頷きながら、視聴者に向けて分かりやすく言い換えていく。
自分の言葉が、ちゃんと配信の役に立っている。
ただの自己満足ではなく、誰かのための説明になっている。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(……あ、これなら)
声だけなら、悪くない。
こうして、思い描いていた形とは少し違っていたけれど、結果としては成功と言える裏路地での買い物は幕を閉じた。




