震える剣と、踏み出せない僕 その3
――買い物当日。
その日の朝。まだ日も完全に昇りきらぬ時間、カイルは鏡の前で固まっていた。
着ていく服は昨日、あれほど悩んで決めたはずなのに、朝になった途端、どうしようもない不安に襲われていた。
「……本当にこれでよかったのかな……」
小さく呟き、鏡の中の自分を見つめる。
無難にまとめたつもりの服装。
昨夜の自分が導き出した結論。
……のはずだった。
「……これ……地味すぎないか……?」
上着を手に取り、真剣な顔で睨む。
(いや待て……気合い入れすぎもキモいのでは……? でもダサいと思われたら終わりでは……!?)
「……うああああ……」
頭を抱えた、その時。
「……朝から随分と騒がしいな」
静かな声が飛んできた。
鏡越しに視線を向ける。
そこには、すでに起きていたリオンの姿があった。
視線が、散乱した服へ向けられる。
そして、何でもないことのように一言。
「デートか?」
「えっ!?」
心臓が跳ね上がる。
「い、イヤ……その……」
言葉が続かない。
「……な、なんでそう思うの?」
必死のごまかそうとする。
するとリオンは、淡々と告げた。
「昨日からずっと服装で悩んでいただろう」
淡々とした口調。
「今朝はやけに早く目覚めていたし、さっきから落ち着きもない」
わずかな間。
「……典型的な初デートの挙動だな」
「……っ……」
言い逃れ不能だった。
「……誰とだ?」
追撃の質問が飛んでくる。
「……っ!?え、えと……その……リ、リーナさんと……」
一瞬だけ、リオンの目がわずかに見開かれる。
「ほう、最近やけに親しげに話しているとは思っていたが……」
小さく息を吐く。
「お前たち、そんな仲になっていたのか?」
「ち、違うよ!?」
慌てて首を振るカイル。
「ただの買い物だから!?そもそもデートじゃないし!?」
「……そうか」
相変わらず読めない表情、だが、その目は完全に理解していた。
「まあいい」
リオンは静かに続ける。
「あと、少し声を落とせ。ハルトが起きる」
ちらりと隣のベッドへ視線を向ける。
「あいつがお前とリーナがデートなんて知ったら、また嫉妬してぎゃあぎゃあ、うるさいからな」
「だからデートじゃないって!……っ!」
思わず声を張り上げてしまい、カイルは慌てて口を押さえた。
――しまった。
反射的に、視線が隣のベッドへ飛ぶ。
ハルトの静かな寝息、微動だにしない毛布。
「……」
数秒の確認。
「……よ、よかった……」
小さく安堵の息を漏らす。
その様子を見て、リオンが呆れたように小さく息を吐いた。
「それより、服装で悩んでいるのか?」
「……え?」
予想外の言葉だった。
「こういうのはな、無難なものでいい」
「……無難もの……?」
「気合いを入れすぎると違和感が出る。逆に地味すぎても浮く。結局、自然なのが一番だ」
経験者のような落ち着き。
「そ、そうなの……?」
「少なくとも失敗はしにくい」
カイルは服へ視線を向ける。
少しだけ、気持ちが落ち着いていく。
「……それと」
リオンが続ける。
「緊張しすぎるな」
「……え?」
「相手は服装より、態度や空気を見るものだ」
淡々とした声、だが、その言葉は妙に重みがあった。
「いつも通り、学園で接する時と同じように、自然に振る舞えばいいんだ」
「……う……うん……」
「僕から言えることは、これくらいだな」
わずかに口元を緩める。
「まっ、初デート、せいぜい頑張るんだな」
「だ、だからデートじゃないって……」
必死で否定するカイルをよそに、リオンは何事もなかったかのように部屋を出て行った。
やけに早い時間だった。
静まり返る室内。
「……」
(……相変わらずだな……)
リオンは時々、朝早くから姿を消すことがある。理由を聞いたこともあるが
『ちょっとした鍛錬だ』
返ってくるのは、いつもそれだけだった。
(……鍛錬って……)
カイルは小さく首を傾げる。学園の訓練場が開く時間ではない。
あんなに強いのに、まだ、鍛錬を欠かさないなんて
(……本当に、不思議な人だ……)
視線を落とす。手にした上着。胸の奥に残る感覚。
(……ありがとう……リオンくん……)
不思議と、先ほどまでの焦りが薄れていた。




