震える剣と、踏み出せない僕 その2
「ねえ、カイルっち」
その声に、心臓が跳ねた。
振り返る。
そこには――桃色の長いポニーテールを揺らす少女、小柄な体躯、けれど、そこから溢れ出るエネルギーは誰よりも強い。
じっとしている姿をほとんど見たことがない。愛嬌のある笑顔。くるくるとよく動く瞳。学園でも知らぬ者はいない。
ルミナスの人気配信者のリーナさん。
その本人が、そこに立っていた。
僕は中等部の頃から、彼女の大ファンだった。
初めて配信動画を見たあの日から、完全に、心を奪われていた。
可愛くて、元気いっぱいで、彼女を見ているだけで、不思議と元気が湧いてくる。
(……こんな子が彼女だったらなあ……)
そんな妄想をしたことも、一度や二度じゃない。
……もちろん、所詮は雲の上の存在だ。一生関わることなんてない。
そう思っていた。
――なのに。
奇跡は起きた。入学した王立魔法学園。
まさかの同じクラス。
しかも、ダンジョン攻略授業で同じチーム。
(人生って……本当に何が起きるか分からない……)
ダンジョン攻略授業、最終日、あの日の光景は今でも鮮明に覚えている。
魔物の突進、咄嗟に身体が動いた。
気付けば、彼女の前に飛び出していた。
結果、大怪我。
正直、ほとんど覚えていない。病院で意識を取り戻した時、視界に映ったのは――泣きじゃくるリーナさんだった。
『……ごめん……』
『……ごめんね……カイルっち……』
『……ありがとう……』
何度も、何度も、謝罪とお礼を繰り返していた。
(……いや……別に……大したこと……してないんだけどなあ……)
本当に、ただの反射だった。
それでも、彼女を守れた。
その事実だけは、嬉しかった。
それ以来だろうか、リーナさんはよく僕に話しかけてくれるようになった。
最初は緊張でまともに喋れなかった。
(……いや……今でも多少は緊張するけど……)
それでも、彼女は何度も話しかけてくれた。
僕が慣れるまで、本当に、何度も。
(……やっぱり、リーナさんは優しいな……)
そんな彼女にその日の朝、廊下で声を掛けられた。
「お、おはようございます……リーナさん」
「もー、相変わらず固いなあ」
くすりと笑う。
「タメなんだから敬語やめてって言ってるでしょ?」
「あ……いや……その……ハハ……」
僕は曖昧な笑う。
「……が、頑張ります……」
自分でも情けなくなる返事だった。
「それよりさ」
リーナさんが少し身を乗り出す。
「今度、休み、一緒に買い物付き合ってくれない?」
「……え?」
思考が止まった。完全に綺麗に、何も考えられなくなる。
「ルミナス活動で使う魔道具、新しくしたくてさ、カイルっち、詳しいでしょ?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
けれど。脳がゆっくりと状況を処理し始めた瞬間――
頭の中で、何かが爆発した。
(え……?えええええええええええええええ!?)
正直、その後のことは、あまり覚えていない。
気付けば、放課後になっていた。
(……今度の休み……つまり……三日後……?)
寮へ戻り、自室のベッドへ倒れ込む。
天井を見つめながら、ぼんやりと考える。
(……リーナさんと……買い物……二人で……?これって、もしかしてデート!?)
(……いや……落ち着け……ただの買い物だ……でも……でも……)
思考がぐるぐると空回りを始めた、その時だった。
♪――
スマホが鳴る。
「……っ!?」
心臓が跳ね上がり、反射的に飛び起きた。
画面を見と表示された名前は
――リーナ
「うあっ!?ひゃあ!?」
思わず変な声が漏れた。
「……どうした?変な声出して」
隣のベッドから、呆れた声。
ルームメイトのハルトくんが怪訝な顔を向けていた。
「イ、イヤ!?」
慌ててスマホを隠す。
「な、何でもないよ!」
「……?」
疑いの眼差し、けれど、追及はしてこない。
……助かった。
震える指で、スマホを操作する。
メッセージを開く。
(……リーナさんから……メッセージ……)
ダンジョン攻略授業のチーム全員でアドレス交換はした。
けれど――。
彼女から直接メッセージが来るのは、これが初めてだった。
『今度の休みの待ち合わせなんだけどさ♪駅前の中央広場でどう?時間は10時くらいで!遅刻しないでよね、カイルっち ♪』
(……っ……!!)
脳が再び爆発する。
(ま、待ち合わせ……!?時間……!?)
画面を見つめたまま、固まる。
問題は――返信だった。
(……ど、どう返せばいいんだ……!?)
指が止まる。完全停止。
(「了解♪」イヤイヤイヤ……軽すぎるだろ……!)
(「うん!」……馴れ馴れしい!?)
(「おけ」……誰だよそれ……)
スマホを持ったまま、五分、十分、二十分。
時間だけが無慈悲に過ぎていく。
(……変な返信したらどうしよう……引かれたら……?気持ち悪いって思われたら……?いやそもそも既読つけるの早すぎてもキモい!?いや遅すぎるのもダメ!?どうすればいいんだ……!)
そして、長い葛藤の末、カイルが選んだ言葉は――。
『わかりました』
送信。
(……あ)
送ってから後悔する。
(……これ……正解だったのかな……?固すぎないか……?いや……でも……僕らしい……?)
スマホを見つめながら、一人、静かに頭を抱えた。
そしてあっという間に、リーナさんとの買い物の日がやってきた。




