29 この協会の少主って……どうしてあの麦芽飴より粘っこい
母妃の声は静かだった。
「彼女の話ではね、リディアが現れてからというもの、レオンはまるで呪いをかけられたように性格が変わってしまったそうよ。リディアも……はあ……」
母妃は肩を落とし、続けた。
「王妃様は苦言を呈し、優しくも厳しくも、あの子に何度も諭したそうよ。けれども、レオンはまるで聞く耳を持たなかった。
“この件はもう終わらせるしかない”――王妃様もそうおっしゃっていたわ。」
母妃はそこで一拍置き、声を潜める。
「王妃様が一番心を痛められたのはね……レオンが数日前、彼女に真正面から問い詰めたらしいの。
“母上の心にとって、召喚秘境と聖国――どちらが大切なのですか?”と。
それだけじゃないわ。彼はさらに言ったの。
“王妃様が私をお産みになったのは、秘境からの任務ゆえか。
それとも、自分の后位を固め、他の王子たちを牽制するための駒として私を利用しただけなのか”――と。」
母妃の顔は怒りで紅潮し、机を叩く勢いで罵声を吐いた。
「まったく、飼い慣らせない白目の狼め! 恩知らずにもほどがある!
当時、王妃様は彼を産むために命を削り、本源までも傷つけたのよ!
その後も、彼が白羊王族との許嫁を勝ち取り、あの半分の召喚獣の血を持ちながらも、王太子の座を確かなものにできるよう、どれだけ心血を注いだことか!
確かに王妃様は計算高い方だけれど、ことレオンに関してだけは……本当に、全身全霊だったのよ」
私はずっと黙って話を聞いていた。
そうだ。召喚獣王族から生まれた子が、聖国の王太子になれるはずがない。
理由は単純で、そして残酷だ。
(同じ穴の狢ではない。血が違えば、心も違う。)
だからこそ王妃は、魔法免疫を持つ白羊王族との婚約という策を選んだ。
絶対的な魔法免疫の天賦を持つ嫡流の後継ぎ――その誘惑はあまりにも強く、
聖国の国王がすべての反対を押し切ってまで、半分青狐王族の血を引くレオンを王太子に据える決断を下すほどだった。
私は夢の中で思い出した。
王妃が、あの恩知らずなレオンの言葉と行いに心を抉られ、生きたまま気を失い、そのまま息絶えた日のことを。
長い沈黙の後、私は母妃に言った。
「王妃様は……きっともう、自分が青狐王族の出身であることをお忘れなのでしょう。召喚獣の地位を少しでも良くするために聖国へ嫁いだ。
その最初の目的すら、もう覚えていらっしゃらないのだと思います。でなければ……私とレオンの婚約なんて、あり得なかったはずです」
「まったく……自業自得というほかないわね」
母妃はため息をつき、私の頭を優しく撫でた。
「それにしても……私のアリシアまで巻き込まれるなんて」
純粋に人類王国の血筋論に従えば、
本来この王太子の座は、レオンのものではなかった。
今や私との婚約は解かれ、彼が拠りどころにしていた“正統性”という名の鎖も消えた。
――レオンは、これからどうするつもりなのだろう。
聖国という水面は、きっとこれから、さらに濁っていくに違いない。
***
レオンの誕生日の日、金箔押しの王室印が押された、やたらと手の込んだ招待状が、いつも通り大使館に届けられた。
まるで、これまでの不愉快な出来事なんて一度もなかったみたいに。
その時、リオは私の中庭にある白玉の椅子に腰かけ、のんびりとお茶を味わっていた。
侍女のミアが白い目をしながら招待状を持ってくると、彼はまぶたを上げることもなく、指先をほんの少し動かしただけ。
すると一瞬、空間が細く裂けるような線が彼の指先に現れ、まるで小さな口のようにその華やかな招待状を飲み込み、跡形もなく消えた。
魔力の残滓すら、まったく感じられないほどに。
私が湯気の立つ月光茶を盆に載せて運び出すと、彼はすぐ分厚くて、人を殴ったら一発で倒せそうな『上古契約』を持ち上げ、真剣な顔で“研究中”を装っていた。
大きく開かれたページが彼の顔の半分を完璧に隠し、口元に浮かんだ抑えきれない笑みまで覆い隠している。
――あら、やっぱり消したのね。
心の中で笑いながらも、咎めるようなことはしなかった。
怪我を癒やしている間の数日、彼は異常なくらい頻繁に顔を出し、もはや大使館の常連客のようだった。
母妃は最初こそその様子を喜び、毎日のようにお茶とお菓子を用意させていたが……
やがて、この協会の少主がまるで“住みついて”いるように通ってくるのを見て、さすがに苦笑し、私にそっと囁いた。
「この協会の少主って……どうしてあの麦芽飴より粘っこいのかしら?協会の本部って、そんなに暇なの?」
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