表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/45

27 リオが怒ってるの?

リオは何も言わず、遊覧船の上の混乱や、レオンの怨嗟に満ちた視線などまるで眼中にないようだった。

彼はそのまま協会の高位伝送陣を起動し、まばゆい光が弾けると同時に――私たちは大使館、私の部屋へと戻っていた。


転移の余韻で軽い眩暈が残る中、リオはすぐに私を柔らかなベッドにそっと横たえた。

その手つきは、まるで壊れ物の宝石を扱うかのように慎重で優しかった。


秘境常駐の大使館医師がすぐに呼ばれ、急ぎ足で部屋に入ってきた。

彼は私の胸を貫いた傷を診察し、さらに体内を流れる魔力の乱れを確かめると、その顔はみるみる険しくなっていった。


医師は顎の髭を撫でながら、重々しい声で告げた。

「姫様――本源の古傷がまだ癒えておられぬ上に、さらに新たな損傷を負われました。

厄介なのは、この氷霜の矢に姫様と同源の“契約反動”の魔力が微かに混じっていたことです。

幸いリオ少主の強大な魔力によって心脈は守られましたが、現在、姫様の体内では二つの魔力が衝突し、神魂に強い衝撃を与えております。」


医師は深くため息をつき、リオへと向き直った。

「リオ少主、姫様にはしばらく安静が必要です。決して無理をさせてはなりません。」


「もちろん……」

医師はちらりとリオを見て、言いにくそうに続けた。

「もし……もっと高位の治癒魔法を、本源の力で施せる方がいれば……」


「コホン、医師さん?母妃の方の様子も見てくださいますか?」

私はわざと話題を変えた。本源の力なんて、そう簡単に使えるものじゃない。これ以上突っ込まれると、さすがに気まずい。


心配そうに何度も振り返る医師を見送り、部屋には私とリオだけが残った。

その瞬間、空気がピンと張り詰め、妙な静けさが満ちた。


リオは無言のまま、大使館に常備されている上級魔薬を手に取り、ベッドの傍らに腰を下ろした。

そして、自ら私の胸元の醜く裂けた傷に手を伸ばした。


彼の指先は蛍のように白く長く、そこから流れる治癒の魔力が穏やかに光を放つ。

氷の気配と血の痕を、彼は息を詰めるように丁寧に拭い取っていった。


私は驚いて、声を失った。

ここで拒んだら――かえって生意気で、恩知らずに見えるだろうな。

彼の動きは極めて滑らかで、まるで千百回も同じ手当てをしてきたかのように熟練していた。

けれど、私の頬は抑えきれないほど熱くなっていく――痛みのせいではなかった。


彼が傷口を手当てするたび、どうしても衣の襟を少し緩めて、鎖骨の下の肌をわずかに露わにしなければならなかったのだ。

な、なんでそんなに落ち着いていられるのよ……!?

彼はどうして、こんなにも平然としていられるの……?!


冷たい魔薬の感触と、温かい彼の指先のぬくもりが交錯し、私の肌に微かな震えを生んだ。

慣れない痺れるような感覚が背筋を駆け上がり、鼓動を激しく乱していく。


「リオ……!」

思わず顔を上げた私の声には、焦りと戸惑いの震えが混じっていた。

「い、医女に……やらせればいいでしょ……!」


けれど、彼の顔色を見た瞬間、私の言葉は喉の奥で凍りついた。

彼の顔色は恐ろしいほど陰鬱で、いつもの気の抜けた、茶目っ気のある表情はそこになかった。

薄い唇は固く一文字に結ばれ、深淵のような瞳の奥では、見たこともないほど荒れ狂う暗い嵐が渦を巻いていた。


彼の身から放たれる圧迫感に、部屋の空気が一気に重く沈み、まるで嵐の前の静寂のようだった。

彼は……怒っている? いや、激しく怒っている。


その時、魔薬が傷の奥に染み込み、鋭い痛みが走った。

私は思わず息を呑み、無意識のうちに彼の衣の裾――星の紋様が刺繍された布を、ぎゅっと握りしめていた。


彼の動きが、ぴたりと止まった。

その恐ろしい怒気は、私のその小さな仕草で、ふっと断たれたようだった。


永遠にも思える沈黙の後、彼の周囲を包んでいた重圧がすっと薄れ、代わりに――どうしようもない後悔と安堵を混ぜた、深い吐息が漏れた。


彼はそっと頭を下げ、額を軽く私の額に当てた。

温かい呼吸が触れ合い、声はかすかに掠れていて、どこか震えていた。


「次は……」

「二度と、あんな危ない場所に飛び込むんじゃない」

「アリシア、」

彼は目を閉じ、声はほとんど息に溶けるほど低く、掠れていた。

「君がもう一度こんな目に遭えば……俺は、きっと狂ってしまう」


その言葉に、私の胸が強く震えた。

掴んでいた彼の衣襟を思わず握りしめ、指が小さく震える。

鼻の奥がつんと痛み、込み上げてくる感情が、さっきまでの気まずさや羞恥をすっかり溶かしてしまった。


――その時

部屋のドアが勢いよく「バン!」と開いた!

病気で寝ていたはずの母妃が、上着を慌てて羽織ったまま駆け込んできたのだ。

リオの姿を見つけた途端、彼女の目に一瞬だけ喜びの光が宿った。

けれど、すぐに私の蒼白な顔、はだけた襟元、そして胸の傷口が目に入ると、その喜びは一瞬で怒りと悲しみに変わった。

「アリシア! 私の娘! 一体どうしたの!?」

母妃の目に涙が溢れ、ベッド脇に駆け寄ってきた。

けれど、震える手は私に触れたいのに、どうしても触れられなかった。


ミアは慌てて遊覧船での出来事を報告し、何度も

「幸いにもリオ少主の正確で強力な魔法のおかげで、すでに傷は安定しています。静養すれば大丈夫です」と繰り返した。


だが、レオンが手を出したと聞いた瞬間――

母妃の全身が怒りで震えた!

彼女はいきなり振り返り、王宮の方向を指差すと、最も古くて難解な召喚獣の言葉で、猛烈な罵倒を始めた!


その語彙の豊富さ、口調の激しさ、声の力強さたるや――

とてもさっきまで病床にあった人とは思えないほどで、その一言一句が、聞いているこっちの心臓まで抉ってくるほどだった。

レオン本人どころか、その先祖十八代にまで怒りの矛先は及んだ。


一通り罵ったあと、彼女はハッとしたように言葉を止めた。

リオが静かにその場に立っているのを思い出したのだ。


母妃はくるりと振り返り、腰に手を当てて、

睨みを効かせるようにリオを見据えた。


リオは一瞬だけ、肩を震わせたように見えた。

けれどすぐに姿勢を正し、礼儀正しく立ち尽くした。


私……

思わず笑っちゃったけど、胸の奥で、何か温かいものが静かに揺れた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価を頂けるととても嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ