25 リディア芝居、再び
レオンの顔色が一気に曇り、倒れたリディアのもとへ駆け寄ると、その体を抱き起こした。
リディアは柔らかく彼の胸に身を預け、わずかに血の滲んだ手のひらを差し出し、目に涙を浮かべて私を見上げる。その瞳は、痛みと哀れみ、そして計算された演技で光っていた。
「アリシア姫様……分かっています。姫様はずっと私のことを嫌っていらっしゃる……でも、私はただ嬉しすぎて……姫様に親しみを感じたかっただけなんです。姫様、どうして……」
声はかすかに震え、泣き声が混じっていた。
レオンは彼女の言葉を遮り、注意深くその手を取り、傷の様子を確かめる。
その眼差しには、私が十年かけても得られなかったほどの優しさがあった。
「痛いか?」
低い声でそう尋ねると、リディアはすぐに首を振った。だが、涙はちょうどよく頬を伝い落ちる。
「痛くないです、殿下……本当に、姫様のせいじゃありません。
私が立っていられなくて、うっかり転んだだけです……」
レオンは短く「うん」と答え、視線を私に向けた。
――また責められる、そう思った。
けれどその眼差しは、いつもの冷たさも、リディアに向けたような優しさもなかった。
「……ああ、分かっている」
ただそれだけを静かに言った。
私は呆然とした。
どういうつもりなの……?
レオンはリディアの肩を軽く抱き、穏やかな声で言う。
「今後は歩くとき気をつけて。よく足元を見て、もうこんなふうに自分を傷つけないように。」
リディアはその胸の中で一瞬だけ固まった。
彼が自分を庇わなかったことに驚いたのだろう。
だが、すぐにうつむき、拳を握りしめる。その爪が、すでに傷ついた手のひらに食い込み、唇の端に抑えきれない嫉妬の笑みが浮かんだ。
「……分かりました、殿下。」
……レオン、まさか頭でも打ったの?
***
昼食の席で、私は誕生日を迎えた妃に付き添い、魔法果実酒を数杯飲んだ。
胸の奥が重苦しく、頭の芯がぼんやりしてくる。
まわりから聞こえてくる小声の噂や観察の視線、そしてレオンとリディアの方から時折漏れる低い笑い声――どれもが、私に耐え難い倦怠と嫌悪をもたらした。
耐え切れず、私は口実を作って一人、遊覧船の静かな船尾へと向かった。
冷たい手すりにもたれ、沈月湖の深い水面を見下ろす。
風が頬をなで、湿った空気が肺に染みて、少しだけ胸の重さが和らいだ気がした。
けれど、その静けさは長くは続かなかった。
突然、背中から強烈な衝撃が走った!
明確な悪意を帯びた魔力の波が、私を容赦なく前へと押し出したのだ。
反応する間もなく、体が宙に浮き、冷たい湖面へと落ちかけ――。
「姫様、危ない!!」
鋭い声が響いた。ミアだった。
彼女の反応は早かった。
翠の蔓が彼女の手からほとばしり、霊蛇のように私の腰に巻きついて、強く引き戻した。
次の瞬間、私は甲板に叩きつけられ、膝と肘を痛打した。
息が詰まり、心臓が狂ったように跳ね上がる。
本源の傷が完全には癒えていないせいで、反応も鈍っていた。
……もしミアがいなかったら、今ごろ私は。
***
私は息を荒げながら振り返った。
そこに立っていたのは、リディアだった。
彼女の顔には、さっきまでの哀れっぽさは一片もなく、計略が成功した者の勝ち誇った笑みだけがあった。
唇の端を意地悪く吊り上げ、嘲るように言う。
「あらまぁ、アリシア姫様。そんなに怖い目で見ないでくださいよ。リディアこわ~い」
両手を広げ、あくまで無実を装い続ける。
「私はただ姫様にご挨拶しに来ただけですよ?
どうして姫様ご自身が立ち損ねて、また湖に落ちそうになるんですか?
これは、私のせいじゃありませんよね?」
頭に血がのぼった。
長く抑えていた怒りが、一瞬で爆ぜた――!
考えるより先に、体が動いた。
怒りと本源の魔力をこめた平手打ちを、彼女の頬に叩きつける。
「パンッ!」
乾いた音が甲板に響き、リディアの頬に赤い痕が浮かんだ。
彼女は驚愕の目で私を見つめ、涙がにじむ――今度の涙は本物かもしれない。
私は冷ややかに笑い、ゆっくりと一歩ずつ彼女へ近づいた。
「その吐き気がするような芝居はやめなさい。ここには他の誰もいない、レオンもいない。誰に見せるつもり?」
胸の奥で、長年積もった怒りが噴き上がった。
私は彼女の華やかな礼装の襟をつかみ、力任せに冷たい手すりへと押しつけた。
リディアの上体が船の外へと押し出され、足元の下には、底の見えない黒い湖水が広がっていた。
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