【day2】(3)-[4]-(3)
「会議の時のあの感じ、二人とも覚えてるかい?」
「えっ……何が?」
ギンが肘をテーブルにつき、少々身を乗り出して二人に尋ねた。リオンが「あの感じって?」と首を傾げる。
「マッカンさんは自分のことを、『〝己〟の建国は出来ているつもりだけど、その〝己〟がとことん〝従〟の性質をしている』って云っただろう?」
「ああ……それでウィリアムさんのツッコミがダダ漏れしちゃった」
「そう、あの時の感じだよ。――二人ともあれだけハッキリ云えるってことは、マッカンさんにとってウィリアムさんは従い甲斐のある信頼すべき〝主〟、上司なんだろう。同時にマッカンさんはウィリアムさんにとって、信頼できる部下であり――同時に、お互いが掛け替えのない友でもあるのだろうと思う。君達はそうは感じなかった? ウィリアムさんとまだ直接に会ってないし、ピンと来ないかな」
アサギとリオンは顔を見合わせ、首を傾げ合った。
ギンから云われて、「そうなのかもしれない」とは思ったけれど、やはりギンの云う通り、まだウィリアム・ヴァン・フーコーと会ったことがないし、マッカン大使と直接話したこともないから、断言は出来ない。
ギンは苦笑した後、「一応、僕はそう感じてるんだけどね」と云った。
「ウィリアムさんのあの〝ツッコミ〟は、如何にも上司が部下を『叱った』訳じゃないよ。あのくらいの語気で、タオ様やサンハル隊長と云いたいこと云い合ってるのを、僕は見たからね。多分、――タオ様が大笑いしてた〝バーカ〟ってのも、本当はあんな感じだったんじゃないかな」
「へえ……」
「本気で叱られた訳じゃないのが解ってるからマッカンさんも苦笑止まりだったんだろうし、きっとタオ様や隊長と同じくらいの『友情』も、部下と上司という立場であっても、在るんだと思う。――ウィリアムさんにとって、より大事なのは、〈精霊〉――彼の場合〈火〉――よりも、マッカンさんや他の部下の方達、サウザー領内他国の為政者や大使、何よりユピタ=バルム国民……そうした方達との『関係』なんだろう。ウィリアムさんからしたら――より太い『人脈』を維持しておくべきは、〈精霊〉よりも、『人間』の方なんだ」
「……」
「つまり――ウィリアムさんが自分で決めた貫徹すべき初志は、〈魔術士〉になることではなくて政に関わることだったから、彼にとっては僕らの……この次元、〝層〟が――とりわけ『人間にだけ通用する理』が、一番重要で、最も関心の高い事柄だってことだよ」
リオンはそれを聞いて眉を軽く顰め、アサギは困ったように眉を下げた。
ギンはそんな二人の反応を予測していたのか、その表情の理由を聞くことも無く
「複雑かい? ――そう云うと、今度はCFCやエグメリークの為政者と同じように聞こえるからね」
「……」
図星らしく、リオンとアサギは曖昧に小さく頷いた。
「でも、ウィリアムさんは違うよ。――ユピタ=バルムは違う、と云えないのは、民衆が『一国の主』を選ぶ体制である以上、もしかしてウィリアムさんの後、今のCFCと同じような大統領が生まれないとも限らないから、だけどね。その時ユピタ=バルムはサウザー領に無いのだろうけど――」
ギンが苦笑してそう云った後、照る光のふちをなぞるように丸く優しく、手の平をランプの周囲に掲げた。
「今見えているこの光の範囲がユピタ=バルム共和国だとすれば、ウィリアムさんは、この光全てを懐に抱きかかえ、上に立ちつつ下で背負っている。そんな『権力者』『支配者』……『一国の主』だよ。それを充分理解していて、マッカンさんは恐らく僕と同じような意識で、ウィリアムさんの腕や掌の延長で面となる『誇り』を持ってる。――ただ、その外側の〝層〟や、『世界』の根源である精霊は、ひたすら『人脈』に過ぎない。そういう意味さ」
「ん~……まあ、解る気もするけど……」
リオンが言葉ではそう云いつつ、何だか釈然としないというふうに小首を傾げた。
「何か、そういうふうに云われると、……〈精霊〉とかを『利用』するものと思ってるみたいにも聞こえて、今度ははぐれと似たような感じに思える……」
独り言のようにリオンは云い、アサギも
「はぐれとまでは云いすぎかもしれませんけど、――それだったら〈魔術士〉になる必要は無いんじゃあ……って気が、僕は、何だかしてきたんですが」
云い淀みながら、ギンに首を傾げてみせる。
ギンが肩を竦めて、「それを云い出したら堂々巡りだねえ」とやはり苦笑した。
「だからね、云ったでしょ。その通り、必要は無かったんだよ、ウィリアムさんには。――〈魔術士〉になった、そのこと自体は、『なりたかったからなった』訳でもなくて、サウザー本部に留学した時タオ様やサンハル隊長に出会った、その時に起きた意識の変化っていう……『自然な流れ』によるものだけであってね。ウィリアムさん本人にとっては、まずこの層の『人間』との脈絡が出来て、そこから、別の層との人脈も繋がった、っていう何の矛盾も無い『流れ』なんだ。『なりたかったからなった訳じゃない』という、熱意の無さが何よりの理由になって、ウィリアムさんは絶対にはぐれとは違うよ」
「あ、ああ……、そうですね。そうか、成る程……」
不思議な云い方だが、「熱意が無かったからこそ、はぐれではない」という論理は、もっともだ。アサギはうんうんと頷いて飲み込む。
リオンも、そういうことか、と大きく息を吐いた。
「ウィリアムさん自身、本部に留学したその時点では、〈魔術士〉になることを全く考えてなかったろうと思うよ。お祖父様やお父上の背中を見て、そちらの道が『初志』だったんだから」
「というと……?」
「ウィリアムさんとアエラ師匠のお祖父様とお父様は、〈魔術士〉ではないんだ――どの精霊とも〈友〉にはなってない。『意志の疎通』もどうだか、僕は知らない」
「えっ、そうなんですか」
アサギが目をぱちくりとさせる。
「お祖父様の場合は姉上に、お父上は伯母様に、テラ=テール大師匠っていう偉大な魔術士が居る。その時点で既に〈精霊〉と〈魔術〉の業界に、大きな『人脈』は出来てるようなものだろう?」
「……」
「勿論、サウザー領にある以上、〈魔術〉や〈精霊〉に関する基礎知識も持ってるよ――お家柄を考えたら、『基礎』って云っても一般常識の範囲よりは踏み込んでるのかもしれないな。その上で、テラ=テール大師匠というパイプが既にあるんだから、政という、この次元の、『人間』の営みにだけ関係がある『生き様』を主に置いた人なら、いくらサウザー領の権力者であっても、〈魔術士〉になる必要は無いんだよ」
ギンはきっぱりとした口調で云う。
「でも、ウィリアムさんがテラ=テール大師匠を『人脈』と考えるには、こう云っちゃなんだけど――年齢的にイマイチ不確かだ。テラ=テール大師匠の御齢はディナム老師とそんなに違わない、ウィリアムさんは今、バリバリ現役……領内の他の為政者と比べたら……中堅の中の若手、って感じだな。大師匠に――つくづくアレだけど――何かあったときのことを考えるとね……。だから多分、サウザー本部への留学は、もう少し自分自身が〈魔術〉の業界のことを深く知っておくべきだと考えてか、勧められてか、のことだったんじゃないかな。その上で、実践者としての〈魔術士〉っていう『人脈』は、妹であるアエラ師匠が居た――ウィリアムさんが本部に留学する段階では、アエラ師匠だってまだ〈友〉にも至れていなかった筈だけど、『ヴァン・フーコー家』で当時、テラ=テール大師匠に続く次世代の魔術士として有望視されてたことは間違い無さそうだし」
「ふぅん……」
「だけどやはり……『流れ』――『縁』と云うべきなのかな、ウィリアムさんには、タオ様やサンハル隊長との出会いがあったことで、お祖父様やお父様とは違う『人脈』を得ることが出来た。〈火〉の〈友〉になったこともそうだし、将来の『領主』と私的な友人にもなれたのだからね」
そう云うとギンは微笑みを見せ、リオンとアサギの方へスッと手の平を差し出した。
「君達が、サウザーに来たことで友人になったようにね。ただ、それが戦をきっかけにしているという部分は、少々切ないことだけど――」
ギンの云う通り――きっかけは、喜ばしいことではない。だが、二人の間に生じている友情は恐らく偽りでも幻でも無い……否定出来ることではない。
アサギとリオンは、妙な形に唇を歪ませた――ギンには、はにかみの表情に見えた。
「ウィリアムさんにとって、『〈火〉の〈友〉になれた』というのは、単なる『縁』なんだ。――だから、〈火〉の〈友〉であるという点で正式に〈魔術士〉であるとしても、恐らく……ウィリアムさん自身には〈魔術〉を使うつもりが無い。……〈火〉の方は『友』のために力を貸す気が当然あるんだが、ウィリアムさんの方には、それに甘えるつもりが無い、というか…。――僕らのように魔術士になるつもりでなった人間と比べると、やはり……異色だね。僕らの方は〈精霊〉の方に主導権を握られているけど、ウィリアムさんの場合、彼の方に、何というか……『選択権』がある。〈精霊〉の方が、ウィリアムさんの声や意志を待ってるというか」
ふむ…とリオンは腕組みをして鼻を鳴らし、アサギは「ほう…」と感心したような溜息を漏らした。
「とはいえ、この次元の、人間にしか必要の無い『理』――それが最も重要であるという部分で似通ってはいるとしても、ウィリアムさんがCFCやエグメリーク、イー・ルの権力者と一線を画している所以は、『支配者』の哲学以外にそれも確実にある。――為政者として自分の出来ることを最大限にやるつもりでいるウィリアムさんは、『世界』が此処だけで出来ている訳ではないことも知っているからさ――そうだなあ……、大統領であるウィリアムさんから見て、〈精霊〉は、『有識者』ってことになるかもね。CFCとかでも『政治家』が『専門家』に意見を聞くなんてことはあるだろうけど、それは完全にこの次元の『人間』に話を聞くだけだ。しかも聞きたい話をしてくれる専門家しか呼ばない、聞きたくない話は形式的にしか聞かない、なんてこともあるだろう。イー・ルの場合は、そもそも神様が云っていないような事実を云う者を『専門家』とは呼ばず『異教徒』と呼ぶし、エグメリークの一番えらい人は、自分が聞きたくない真理を耳に入れようとする者が居たらシンプルに首を刎ねる。『人間同士』ですら、そんなことは良くある。でも、僕ら――サウザー領の為政者・権力者のように別の〝層〟や〈精霊〉の話を聞くことが出来る者は、そうした存在に全く耳を貸さない、意識を向けないようだと、今度は〈魔術士〉の資格が無いってことにもなるから……」
「ああ……」
「当然、マッカンさんも『専門家』だから、ウィリアムさんにとって良いアドバイザーでもあるだろうね。会議の時の発言、覚えてるだろう? 実は、実践者である〈魔術士〉……ディナム老師やタオ様のような偉大な方であっても、魔術士自身では却って分からないことを、マッカンさんやイムファルさんのような『研究者』が客観的立場から指摘してくれることも珍しくはないんだ。――多分、お祖父様やお父様にとっては、テラ=テール大師匠のような魔術士、マッカンさんのような研究者が『有識者』だった。でも、それは『間接的に』でもあるから、〈友〉になれているウィリアムさんは〈精霊〉から直に話を聞ける――その能力があるって意味で、お二人よりも『人脈』が強固だ」
「……」




