【day2】(3)-[4]-(2)
「意志の疎通を果たすこと、〈友〉になること――それはどうしたって『説明』なんて出来ないくらい繊細なものなのに、どうして、〈マスター〉になるために必要なことの方が……『サンハルさんから聞いた』とあっさり仰ったくらいに、簡単に言葉に出来るんだろうと、不思議だったんですが……」
アサギの呟きへ、リオンも溜息混じりに続いた。
「言葉にすればそういうことだけど、実践が無茶苦茶むつかしい、ってこと……なんだな。――〈精霊〉は『根源』だと、解ってたつもりだったけど……それこそ『アタマで知ってた』だけか」
途方にくれた、という風情の二人に、ギンが薄く笑い――照明が照明なものだから不気味にも見える――、少々意地悪な――誘惑の言葉にも聞こえることを云った。
「だからね。――〈魔術士〉にとって〈マスター〉という号は、決して『最終目標』という訳でも無いんだよ。別に目指さなくてもいいんだ」
「……」
「実際――サンハル隊長が云っていたそのまんま、『目指せばなれるというものじゃない』ってのがその通りだ――〈友〉と同様、それを決めるのは〈精霊〉の側だから、いくら言葉にすればそうだからと云って、自分自身でその覚悟が出来たつもりになってても、〈精霊〉の側が己のあるじだと認めない限りは手に入る号じゃない――君達は今まで遇ったことがあるかどうか知らないけど、人格的には『そんな崇高な信念を持っているとは到底思えない』、まるではぐれみたいな〈マスター〉だって、居るのは居るんだよ――」
「……」
「むしろ、『〈友〉をクリアしたのだから、次は〈マスター〉』というふうに――実際の段階がそうなっているとしても――〈魔術士〉が踏破すべき階級のようなつもりで『頑張る』……むきになるのは危険だ。〈魔術士〉にとって〝号〟は、『目標』にはなっても『目的』じゃないんだからね、『権力を〝目的〟にする』のと同じくらいに本末転倒、向上心が溢れすぎることは、却って本物のはぐれに陥りかねない。まして、より具体的に、『〈マスター〉にならなければ会得出来ない術』が目的になってしまったら、完全にはぐれだ。そういうのは、絶対に〈マスター〉になれない」
それは、そうなのだろう――アサギとリオンは神妙に頷いた。ギンの云っていることは、とても良く分かる。だが……、だからと云って、二人が持っているのは、それで直ぐに萎んでしまうほどやわな「向上心」でもなかった。
アサギが、独り言のような口調でしみじみと呟く。
「だからこそ――『諦め』と云うのは失礼だと、つくづく、実感出来ました……」
その言葉にギンが微笑み、「そうか」と頷きを見せた。
「ウィリアムさんは、アエラ師匠ほど〈魔術〉に熱意は無かったけど、『ヴァン・フーコー』という、生まれたお家の素地があったことと、サウザー本部への留学時にタオ様やサンハル隊長と出会い、〈魔術〉に対しての意識が変わったらしいことで、〈火〉の〈友〉までは――なった。でもやっぱり、〈魔術士〉になるということ、その基礎や土台としての〈精霊〉に対する意識というのは、どうしても子供の頃に芽生えた感性に依るところが大きいからね。実のところ、才能という言葉を使っていいものかどうかは分からないけど――僕個人が持っていた感情的なものは置いといたとしても――、結構年齢が行ってから『熱意』が生まれた割りに〈友〉まで至れたウィリアムさんは、随分と『特殊』ではあると思うよ」
成る程、それは云えるかもしれない。再び、アサギとリオンは顔を見合わせて頷き合った。
実際に〈魔術士〉――〈友〉に至った今、自分が子供だった頃を、あるいは、成人した今になって接する、まだ小さな幼児の様子を、思い出してみると……。
〈魔術士〉に本当になれるかどうかという「才能」は――自分でも傍からでも――到底判別出来るものではないのだが、〈精霊〉に対する「感受性」のようなものは、子供の頃に漠然とでも備わってくる、育ってくるように思われる――その感受性の有無あるいは大小を「素質」と傍から表現することはあるが、それは「才能」とは似て非なるものだ。
ただ、それを子供本人が言葉にする時は大抵「〈魔術士〉になりたい」という表現になるから――子供の頃に、そういった「熱意」が無かったというウィリアムが〈友〉にまでなれたというのは、ギンの云う通り「特殊」、珍しいことではあるかもしれない。
「――正直、イムファルさんみたいに、〈魔術士〉に『なる』つもりが無くて『研究者』を目指した人って……、それに、そういう人のための研究施設があるサウザーが、実はちょっと、何でそっち行くんだろって、不思議でもあったんだけど、その話聞いて、何か、ちゃんと納得出来たなあ…。そういう人達は、〈魔術士〉になることっていうより……純粋に〈精霊〉への意識とか好奇心が強かったんだろうな。何て云うか、子供の頃、〈精霊〉と本当に友達になりたがったのは、俺達よりもイムファルさんの方が余程なのかも……」
リオンが自分自身で整理するような口調でそう云うと、ギンが「ああ、そうかもしれないね」と肯んじた。アサギも頷く。
「そう思ったら、ウィリアムさんは確かに、少し――異色の経歴をお持ちなんですね。普通――と云ったらなんですけど――子供の頃に〈魔術士〉になりたがっていても、年齢を重ねるにつれて『それが難しい』のを実感していくほうが一般的ですから……」
「うん。――ただ、それでもウィリアムさんは、〈友〉までで終わった。彼には、その先――〈マスター〉を望めない」
ギンの言葉に、再びアサギとリオンは戸惑ったように首を傾げる。話の最初に戻った――だが、ギン曰くの「支配者の哲学」、その議論の後であるから、本当にただループしたのではないと、既に伝わっている。
「単なる可能不可能という意味の『なれない』って表現じゃないことは、もう君達には伝わったよね? ウィリアムさん自身も望んでいないし、望む必要が無いと思っているからこそ、『なれるわけがない』んだ。『〈マスター〉になりたい』と頑張ることが、ともすると危険なのはそうだが、かといって本人が全く望まなければ絶対になれない。〈友〉と違って〈マスター〉は、『気付いたらなっていた』ということが、絶対に無い〝号〟なんだよ、強い意志が『必要』というのは、そういう意味でもあるんだ。――アサギ君は、『この先ウィリアムさんがまた〝マスターになりたい〟と思ってもなれないのか』と云ったけど、ウィリアムさんは恐らく、というか十中八九、それを思わないという意味で『なれない』ってことだよ」
「……」
「〈精霊〉との関係性……〈魔術士〉の〝号〟は、それもやはり命名したのは人間であって――『人間の社会』で喩えればそんな感じ、っていうだけのこと、実際には〈精霊〉が〈魔術士〉を『どう見るか』だから、主導権はどこまでも〈精霊〉にある。それを忘れないようにして、〝号〟をもう一度整理すれば、〈魔術士〉から見た〈精霊〉は、『人脈』の質というか……そんなふうにも喩えられると思うね」
ふむ…とリオンは腕を組んで鼻を鳴らした。アサギは何だか戸惑いの表情を見せている。
「イムファル教授のような研究者は、実践者としての〈魔術士〉になることを最初から――は極端かな、何処か早めの段階で――望んでいない。〈術〉を自分が行使することには、大した興味や熱意が無いんだな。リオン君がさっき云ったみたいに、純粋に〈精霊〉に対しての好奇心や興味、僕らの層以外の層も含んだ『世界』を知ることへの欲求や熱意が強いから、『研究者』を目指す。イムファルさんやマッカンさんから見て〈精霊〉は『研究対象』だが、それは云い替えれば、この世界の理解を導いてくれる『教師』や『師匠』なんだ。マッカンさんは実際にどの〝段階〟に居るのか僕は知らないけど、他の研究者が『実践者』としての〈魔術士〉を介さなければなかなか『研究対象』への調査や実験、ディスカッションが行えないのに対し、イムファルさんの場合は『意志の疎通』を果たしているから、それを自分で出来る分、『研究者』として、自分自身が得た直接的な『人脈』が豊富、と喩えて良いと思う」
「ああ……成る程…」
アサギの表情が少し緩んだ。「人脈」とはそういう意味か……。
「じゃあ、〈友〉は、文字通り『友達』、もうちょっと親しい人脈ってことか。イムファルさんの段階だと、『連絡を取ることは出来る』くらいで、〈友〉はもう少し――『呼び出したら来てくれる』とか『頼み事を聞いてくれる』とか……」
リオンが云うと、ギンが「まあ、そんな感じだね」と頷いた。
「だから、〈友〉にも――〝号〟自体に違いは無いけど、程度の差があるだろう? 『友』ってカテゴリには、顔見知りよりちょっと良いって程度の『友』も居れば『大親友』も含まれるでしょ。リオン君が今云った喩えだと、〝呼び出し〟かけた時に断られることの方が多いって人も居れば、何を置いても駆けつけてくれる人も居る。……どちらにせよ、『友』には出来ることと出来ないことがあって、『友』の頼みは、必ずしも聞かなくて良いし、聞いちゃいけないこともある――」
「ああ、うん。俺も大事なダチに、おごることはあっても〝金〟は貸さねえし借りねえ」
「そういうことだね。より具体的に云えば」
ギンがふふっと笑いながら頷いた。アサギも苦笑混じりに頷く。
「『友達だろ』って云いながら〝金〟の無心してくる人や悪い誘いをかけてくる人には警戒して、ことによっては関係を見直した方が良い。リオン君、若いのに良く解ってるね。――〈精霊〉との関係に照らし合わせれば、大事な友だからこそ、〈精霊〉は〈友〉の云うことに耳を貸さず、〈術〉の使用を許さない、ということがある訳だ――まあ、〈凪〉みたいに、そういう意味ではなくて精霊の個性による違いもあるけども――」
「それが――『支配者にならなければ会得出来ない術』の領域になるんですね」
アサギが云うと、そう、とギンが頷く。
「星を完全に懐に入れ、背負うくらいの覚悟と引き替えに、『根源』である〈精霊〉の主となり、〈精霊〉を『従』とする。その段階まで行って初めて『会得出来る術』『使える術』というものが、存在しているのは確かだ――が……」
「……」
「ウィリアムさんには、そこまでの『人脈』は、最早必要無かった、今後も必要としないだろう――そういうことだね」
そう云ってギンは軽く肩を竦めた。




