【day2】(3)-[4]-(1)
ギンがテーブルの真ん中にランプを置いてすぐに、食堂の照明は落とされた。もしかして、食堂の照明を落とす役目を負っていた者は、ギン達三人を気にしてタイミングを計っていたのだろうか。
――顔が顎の方から照らされ、怪談話でも始めるような雰囲気になったから、リオンは俯く形でアサギとギンの二人から顔を背け、フッと少し笑った。
「やっと本題に戻る……」
ギンは苦笑のままでそんなことを呟いた。アサギとリオンが二人とも首を傾げる。逸れていたつもりは無いのだが――二人にとっては、とても身になっている話だと思う。
「本題って……。今のお話が脱線だったとも思いませんが」
アサギがそう云うと、ギンは大げさに首を傾げ「ええ? そう?」と呆れたような声で云った。
「僕は『前置き』が無茶苦茶長くなったと反省していたんだけど。――アエラ師匠とウィリアムさんの話が本題だろう?」
「……あ」
アサギとリオンは顔を見合わせ「そういえばそうだったんだ」とお互い、バツの悪そうな顔をした。――だが、決して無駄話をしていた後ろめたさは無い。
ふ…とギンは微笑みを見せて、
「ランプが丁度良いね――真ん中に、コップより高くあるよ」
そんなことを云った。コップを「民」と喩えた――それか。それより背が高い……「権力を持つもの」の喩えにランプが入った、そういう意味だろうか。
「――少なくとも、僕……サウザー領の〈魔術士隊員〉として在る僕は、『権力』と『権力者』――支配者が持つべき哲学について、さっき云ったみたいなことを考えている訳だけど」
「いや、ギンさんが、っていうか、俺も尤もだと思いましたよ? そりゃまあ、CFCの奴らが聞いてれば『屁理屈』とか『きれい事』とか云うかもしれないし、イー・ルの奴らは、そもそも何もかも『神様の云う通り』だから、神様以外の人間が云うことには聞く耳持たないんスけどね」
リオンが随分あっさり云ったので、ギンはふっと笑った。――その声色には、CFCやイー・ルに対する「敵意」のようなものは、一切含まれていなかった。「実際CFCやイー・ルはそうだ」と思うことをただ云っただけで、それについて「良い悪い」という評価が入っていない。
当然、リオンにもイー・ルに対しての嫌気はある。「嫌い」だからこそ、今や大事な友人となっている――「好き」であるアサギの村と、恐らくルーツが同じだという話に眉が寄ったのだ。しかし、今のリオンの言葉には、そうした「嫌気」――つまり「主観」は一切入った様子が無かった。
だから、「サヴァナ人だからっていきなり殴ってくる奴」という事実に対して「そんな奴とは友達になれない」という主観的感情もあっさりと云える。そして、「相手がイー・ル人というだけで殴る奴になりたくない」とも云うのだから……それはリオンに、「嫌気」はあっても、本来「敵意」は無い、ということになる。イー・ルがリオンにとって「敵」なのは、向こうが宣戦布告をしてきたから――「敵」だと正式に名乗ったから、そして自分を殴ろうとするから、ただそれだけだ。
もしCFCやイー・ルの者――「権力者」が、今のリオンのあっさりとした言葉に気を悪くするのならば、それこそ
『するとギンの哲学を正論と認め、リオンの印象が間違いということになるが、では〝何故〟貴方方は、〝その正論を実践出来ないのか〟〝神様以外の人間の云うことに聞く耳を持たないのか〟〝サヴァナ人をサヴァナ人というだけで殴る、殴ろうとするのか〟』
と、真正面から跳ね返すことが出来る。それに対して捏ねくった反論をしてくるようなら、それこそ「屁理屈」というものだ。CFCやイー・ルの権力者は、今のリオンの言葉に気を悪くする資格が無いのだ、彼らは「その通りだがそれがどうかしたか」と開き直るべきなのである。そしてその開き直りを見せる者は、嫌われて当然だ、少なくとも好かれる訳は無い。
――つくづく、リオンにそうした意図や裏は無いのかもしれないが……。ギンは「〝愚者〟のカードが好き、っていうのは、リオン君に似つかわしいな」と思い、微笑んでいた。そして――リオンが〈風〉の〈友〉となれたことは、サヴァナに先達が多かったからというだけでなく、必然ですらあったのだろう、とも感じた。
アサギもリオンの言葉に同調するように頷いたのを見て、ギンは、「それじゃあ……」と続けた。
「リオン君やアサギ君とも、『支配』の哲学を共有出来ているっていうのを前提として続けるよ。――〈魔術士〉の目線でさっきの話を考えると、『民』は〈精霊〉に置き換えられる。だが、〈精霊〉は民のように『個』という考え方が出来るものでは無いよね――〈友〉まで至っている君達に、わざわざ確認することでもないけど」
ギンが苦笑混じりに云うと、二人は「うん」と頷いた。
「〈精霊〉は、『名君』でもあり『暴君』でもあり、『賢者』でも『愚者』でもある。故にそれらのどれでもない。そして、この世界を作る『要素』『根源』だ。世界と同じ齢を経て全てを見てきた老人でありながら、赤子のように無垢なもの。故に、全てに平等であり無関心である――〈精霊〉に『正誤』は無く、故に『善悪』から自由である」
「……」
淡々と、淀みなくギンが語る。それは単に「確認」の言葉なのだが、まるで一編の詩を諳んじてでもいるかのようだった。
神妙な顔つきの二人に、ギンは微笑を見せる。
「だから――、秩序を維持する目的を持っている『権力』『支配』を〈精霊〉に行使するのは、大きな『矛盾』でもある訳さ。〈精霊〉は混沌としているからこそ〈精霊〉なのだから、その『支配者』になるというのは、並大抵のことじゃない」
「……」
「〈精霊〉が『要素』としてこの世界を作っている『世界』とは、僕らが生きている『この世』だけじゃない。幾つもの〝層〟――次元を貫き、越えて、あるいは自由に、〈精霊〉は『世界』の根源だ。それを、この次元の――『時』や『空間』、『生死』、物質としての存在非存在、そんな束縛から逃れられない人間が、支配するなんてね――もう解るだろう? CFCなんかは『ぬるい』って意味」
「ああ――」
そういうことか……、アサギとリオンは二人とも同時に溜息を吐いた。
「今度は、このランプの方を喩えに使ってみようか」
そう云って、ギンがランプを指さす。上部の持ち手と底部の台を指し、
「本来なら『権力者』『支配者』とは『民』『国土』を上下から支える・懐に抱える存在のこと、だとすると――今、このランプの周囲で丸く照らされている部分が、僕らの生きている『国』であると同時に『世界』、〝層〟だ」
その喩えは解る、というふうにコックリとリオンが頷いた後、独り言のように呟いた。
「だけど本当は、『世界』はそれだけじゃない……」
「そうだ。――この光が届かない外側、闇に入る範囲にも、『世界』は存在している。『根源』である〈精霊〉が構成する『世界』は、そこまで含めてこそ世界だ」
真摯にギンが頷き返す。
「この光が届く範囲だけを『世界』として『支配』や『掌握』、『征服』を望むような意志など、生ぬるい。文字通り次元が違う」
「……」
「何せ、エグメリークの一番偉い人のように、同じ〝層〟にありながら、『人間の社会』にしか興味が無く、他種の動植物や土地・空気・水・熱、そうしたものに価値を見いだしてすらいないような者に、本来、『世界』の『支配』など出来るはずが無い」
ああ、そうか……。リオンとアサギは、そこでしみじみと――会議の時のヴァネッサの言葉を思い出した。そして、それに対するテリーインの態度も。
だから、魔術士ギルドの地方長たるヴァネッサはあんなにあっさりと、「〝人と人とで行なっているだけ〟の『戦』に、〈魔術士〉が意識を集中させる必要は無い」と云い、それが解っているテリーインは、軍人として全く気を悪くする素振りも無かったのだ。
〈魔術士〉でなくてもサウザーの人達は、「人間だけにしか通用しない理」と「人間の理屈が通用しない世界の理」を、きちんと――少なくとも「知識」としては携えていて、その上で、自分のやるべきことや出来ることを考えている、考えるように啓蒙されている――ということだ。
だからこそ、あの「黒い筋」や「異形のもの」が「全く訳の分からない謎」であることを、きっとCFCなどよりは、ずっと深く理解し、最終的には、領主が領主職を離れて謎の究明に集中することを領民として了承したのだ。
あの「筋」「異形」は、この世界に於ける謎では無いのかもしれない……では、〝あれ〟は何なのか? ――この疑問は己の存在を根底から覆しかねない、もう一つの疑問を提起することになってしまうのだ、「ならば、今まで理解していた己の世界とは一体何だったのか」と。
それは――CFC等のような「人間の〝社会〟にしか興味が無い者」より余程、「黒い筋」や「異形のもの」に対しての脅威や危機感、「恐怖」を強く感じている、ということになる。
仮に――その恐怖を感じることが出来ないCFCがサウザー領を「手中に収め」、イー・ルがサヴァナを「滅ぼした」としても、あちらの「哲学」あるいは「価値観」では、「黒い筋」や「異形のもの」に対処など出来ない。会議場でタオが云ったように――「異形のもの」から見て人間が「虫」の立場であったなら、虫が人間を意識するより前に踏みつぶされるのと同じように滅ぼされるか、あるいは、あの「異形」が実は共存すべき存在であるのなら、それを知らずに殲滅させて己の不利益・不幸・絶望を招き入れることになるのか……。
同じ人間である〈魔術士〉が既に理解している〈精霊〉や〈魔術〉、〝層〟に対しての理解、「理解する気」がそもそも無いのだ。〈魔術士〉にも解らない「謎」なら尚のこと、謎だと認識すらしないのかもしれない――敵に回してはいけないものかもしれないのに、敵だとは認識したとしても。
ならば、〈魔術士〉にならば見えているべき次元の「支配者」とは――
アサギがゴクッと唾を飲む。
「――先ほどお話し下さった『支配者』の哲学を踏まえた上で云い替えるなら……〈精霊〉の支配者になる、ということは……、全ての層も含めた『世界』――『宇宙』までをも懐に入れることだと。……そういうことですか」
ギンが、「ふう」と、一つ大きな息を吐く間を開けてから答えた。
「……言葉にするなら、そういうことだよ。――僕らの次元で云う『宇宙』の全て、その果てにまで――何と云うか『空間』の意識を広げる必要は無いのかもしれないけど、最低でも『自分が住んでる星』を覆い、背負う、そうした意識――覚悟、それが必要ということになるんだろうね」
リオンもゴクリと唾を飲んで、グッと拳を握り締めた。
アサギはギンと同じように、「はあ」と一つ大きく溜息をつく。




