【day2】(3)-[3]-(7)
「――さっきの話をもっかい持ち出すとさ……、〝平凡〟という名の『秩序』を維持するのが僕らの役目だ。敢えて『幸不幸』って言葉を使うなら、その〝平凡〟の先にある『幸福』や『不幸』は、民それぞれに委ねて構わない世の中を保つ――権力者と権力が持つ役割、その目的は、そういうことだ」
「……」
「――故に」
ギンがまた、卓の上で「頂点」の位置を示した。右手の人差し指でその位置を指す。
「ここで『権力者』として『支配する』タオ様は、実は」
そこで、何故か左手の人差し指は、卓の下に持っていった。ギンがテーブルの下を覗き込むように身を屈める。
つられてアサギとリオンも体を横に倒して覗き込んだ。
「――これでもあるんだよ」
今ついているテーブルは、円形の卓板を、中心で一本の支柱が支える形のものだ。床では、卓面と同様の円形だが、二回りほど小さい鉄製の板が、中心のくぼみでポールを受け止めている――ポールが刺さる形で支えている。
ギンはその支柱と鉄板を――いや、鉄板の中心一点を確実に指さして、そう云った。
ギンは姿勢を戻して、テーブルの上で手を組んだ。アサギとリオンも背を伸ばす。
「つまりね――権力の『頂点』とは、上だけを意味するもんじゃない。下で、支える『点』のことも意味している。意味していなくてはいけない」
「だから……、『権力』を、『上に立つことだと思う』のは、正しいとは云えない……。そういう意味だったんですか…」
アサギが嘆息混じりに云うと、「そう」とギンが頷く。
「会議で、ディナム老師が云ってたろう。ルナール副隊長の双肩に領を背負わすのは酷だ、と。まさしくそういうことだよ。『上』から強制力を行使して支配する者は、同時に、『下』で――領土と領民を背負うんだ。強制力を行使するという『特権』を持つ代わりに、土台、礎、足場――人柱、犠牲、生け贄、どんな言葉でも良いけど、本来自分が『それになる』ことが権力者、支配者の責務であり、その覚悟が無い者には『資格』がない。――領土、国土が相変わらずここだとして」
そう云ってギンが卓面を撫でる。
「卓面にコップが全く乗っていないなら――民が居なければ、権力を行使する対象が居ない。よって権力者も居る必要が無い。僕がCFCに対して『正しいと思えない』理由としては、それがある。CFCの権力者や、それにひっついてる有力者、一部の勘違いした民衆は、自分達がテーブルに居て、下の支柱の方を民だと考えている節がある。――多分、下の支柱はCCFC以外のUCFC国民……てことになってしまうのかな。CCFCの中でも支柱にされてしまっている人は、居るのかもしれない」
ギンがちらっと卓面の下を覗き込み、指をそちらへ振った。既に喩えの対象を理解しているから、今度はアサギとリオンもつられること無く、軽く眉を寄せながら「何か解る」と小さく頷いた。
「そうでなけりゃ、CFCの市長やその周辺――アスール新民党は、懐に民を抱えてはいない。この上側の点に、ただ居て、強制力を行使してるだけだ。その周囲で『少し弱いけどそれでも』権力を持っている者や、権力にへつらうことで『有力者』になっている者は、市長より少しだけ下に点在してるだけ。面になっていないから、傷は卓上の民が負う。ともすると、サウザーでは僕らが担っている面に市民を敷き詰めようとしている。敷き詰めた結果、残るのはただの卓面、国土だけだ。明らかに、本来あるべき権力の形じゃない……」
テーブルの上の一点を差してそう云った後、ふと、ギンは眉を寄せて目を伏せた。
突然に大層憂鬱そうな表情を浮かべたので、アサギが心配そうに「どうしたんですか?」と問うた。
「いや――。『比べる』ことは同じ次元に立つことだと思うから『どうだっていい』と考えるようにしてるんだけどさ…、どうしても比べてしまって、それで嫌な気分になるんだよね……。『CFCと自分は違う』と思うことも、CFCがやってる『線引き』でもあるし」
ギンが呟いて溜息をつく。その言葉からして、軽く自己嫌悪しているのだろうか。
リオンが首を振って、
「いや、比べるって云うか、ギンさん。その『線引き』は、やっちゃいけない線引きとは少し違うっしょ。それは『反面教師』ってンスよ、別に悪いことじゃないッスよ? ――ギンさんは、CFCの権力者とか、権力者じゃないけど勘違いしてるバカを軽蔑して『ああはなりたくない』って思ってるだけで、それは当然じゃないッスか。多分ギンさんは、それがCFCじゃなくたって、『そういう奴』が『嫌』なんだろうし」
「……」
「――俺だって、サヴァナ人だってだけでいきなり殴ってくる奴とは、イー・ルの奴じゃなくても友達になれないし……、だからって、いや、『だからこそ』かな、イー・ル人だってだけでイー・ル人を殴る奴には、なりたくないッスよ――CFCのそういう奴はムカつくけど、サウザーのそういう奴は平気って云ってんなら、それは俺、ギンさんを軽蔑しちまうけど、そうじゃないっしょ?」
そう云った。特別、ギンを励ますような口調ではない。むしろ、呆れたようにあっさりと云った――「何を妙なこと云ってるンスか?」というふうに。
「……そりゃまあ、CFCとかの連中は多分、『名君』と『暴君』の定義が俺らとは全く違ってるのかもしれないから、向こうだってこっちを『ああはなりたくない』とは思ってるかもしんないけど、それは『生け贄を正しく選ぶ権力者を持つ群れ』とおんなじで、俺らのイメージと共有出来ないってだけッスよ。それは別に、むりくり共有しなくて良い、それこそ『どーだっていい』じゃないッスか」
リオンの言葉を聞いて、ギンは苦笑して「その通りだね」と頷いた。
――CFCの幹部を尊敬出来ないという「一線」は、ひいてはいけない線でなく、ひいておくべき線だ……リオンの云う通り。「CFCの体制」に限って引いておくべき線が、「CFC」になってしまった時が、越えてはならない一線を越えたことになる。それを見失いかけた、そしてリオンが引き戻してくれた。
ギンはリオンに「ありがとう」と云って微笑んだ。リオンは何に礼を云われたのか解らず、「えっ、何が?」と不思議そうな顔をしている。アサギはそんな二人に微笑を浮かべていた。
気を取り直して、と云うふうに、ギンは一度軽く頭を振り、再びテーブルの面に手の平を当てた。
「――国には民が居なければ国じゃない。それがどんな愚者であろうが、民はあくまでここ、コップとしてテーブルに在るべきだ。民は、国土に存在する畑を耕し、鉱山を掘り、産物を商い、子供を育て、――民がそうやって生きている『国』とは、『コップを載っけたテーブル』というテーブルの姿、テーブルという物の存在意義のことだ。そして、民が担ってくれている日常的な役割、そういう生き方はしない代わりにタオ様が、権力者が、この支柱で支える。それが、『強制力』を持つ者の役割であり、そのために強度を僕らは鍛える。――ガラスのコップでこのテーブルを支えさせるなんか、愚の骨頂、コップのためにテーブルが在るんだ、テーブルのためにコップがあるんじゃない。――別にコップに限らず、花瓶でも碗でも、何でも良い、国土に民を乗せた姿こそ『国』だ。何も乗っけていないテーブルを支配しているつもりの権力者は、率直に云って『バカ』だ、それに何の意味がある。まして、この面を支えている支柱が民だと思うような者に、権力者である資格、支配者である資格は無いんだ」
「……」
「――リオン君が僕の目を覚ましてくれた、それを『バカ』だって云うことに躊躇いを持つようじゃあ、『名君』にはほど遠いね、僕は」
本来、自分から何事かを主張するような性質はしていないギンが、アサギとリオンのことも眼中に無いかのように熱っぽく、自分に云い聞かせるような口調で語る。そしてリオンに顔を向けて、ギンは苦笑しながら肩を竦めてみせた。
リオンは小首を傾げ、今度は少しばかりからかうような声色で云う。
「まあ、駄目な奴に駄目って――『云う』のは兎も角『思う』のも躊躇ってるようなら、本当の『名君』ではなくて、完全に『お人好し』でしょうからね」
「いやあ、若い人に教えられた」
とギンが少々道化た声を出す。――午前中、フーコーもそんなことを――それはアサギに――云っていたが、ギンの年齢で自分達に云うようなことではない。アサギとリオンは顔を見合わせて笑った。
再び、ギンは声色を真面目なものに戻して続ける。
「だけど、サウザーはそうじゃない。その自負は、持って当然のことだった。サウザーに居る『権力者』、支配者であるタオ様は、決して『お人好し』ではない、同時に、上の頂点で懐に抱え、下の頂点――重心で背負う方だ」
君達はどう思う、というふうに、ギンはアサギとリオンそれぞれに視線を合わせる。二人もそれに同調してコックリと頷いた。特に――「上下の頂点」は今日までの間にもゆっくり、感覚的に解っていたことだが、昨日から今日に掛けては「お人好しではない」ということも知ることが出来た。
「そうした、本来在るべき権力者の形を思い出してみると、――実際、タオ様がやっていた全てのことを、ルナール副隊長に任せることは、ディナム老師の仰る通り『酷』なことだったろうな。でも、だからこそ、この支柱の強度を増すために数を増やせと仰って、老師御本人も代行の任を引き受けた――。だけど、それで僕らのやるべきことが変わる訳では無い、そりゃあ、具体的なこと――任務に変更はあるのかもしれないけどさ、僕に限らず……『権力の一部』である者としてやるべきことはね。民を全くの不幸にはしない、そのために支柱であることだ」
「はい……」
若い二人は――特にアサギは――神妙に頷く。
「戦時下なら〈軍〉が一番解りやすいだろうが、そこに属する者だけではなくね。総務部の方も情報部の方も……城に直接務めている方々だけでもなく、サウザー領にある限り、その領内にある各国で『権力』を持つ者は、自国を懐に抱え、背負い、傷を恐れない、――そうした覚悟を持っている筈だ。それは、そうした覚悟を持っていてこそ、サウザー領に於いて『権力』を持つに相応しいという、誇りも含んでいる」
そこでギンは一息つき、何故か苦笑を浮かべた。アサギとリオンが「おや?」と目を見開く。一体、どういう表情の変化なのか、全く解らない。
続けて何故か、ギンが立ち上がる。アサギとリオンは一層不思議そうな、あるいは慌てた顔をしてギンを見上げる。ギンは懐から――彼もアサギと同じようにそれを持っていた――時計を取り出して盤をのぞき込み、「ランプを取ってくるよ」と云った。
それを聞いてアサギとリオンは再び窓から外を見た。もう完全に真っ暗で星が見える――何故のことかは解らないが、昨日に引き続いて今夜も「サーチライト」が使われている気配が無い――。
アサギもギンにつられ、時計を取り出して時刻を確認する。食事の提供時間が過ぎると、食堂が談話室のようなものになるのは間違い無いし、そのため一日中解放されているから扉に鍵がかかることなど無いのだが、食堂という「部屋」の照明は一定の時刻を過ぎると落とされる……。
食堂内に、彼ら三人以外のグループも残ってはいたが、そろそろ室内の照明が落とされる時刻であることを随分前から察しているらしく、既にランプをテーブルに用意した上で議論していた。ギンもそれを思い出して、食堂の一角に纏めて準備されているランプを取りに行ったのだった。




