【day2】(3)-[3]-(6)
「第一、他の動物だって『共食い』はそうそうやらないよ。――ああ…そうだね、動物の中で最も『共食い』ばかりを意識してるという点で、実際、『人間』と『それ以外』は違うのかもしれない」
苦笑混じりに、やはり独り言のように云ったギンに、アサギとリオンは戸惑った顔を見合わせ、返事が出来ない。
「――『名君』もそうした蹂躙を放っておくことは出来ないから、結局、『権力者』として闘争を避けられない。人間が殆ど『愚者』だからこそ『権力』が生まれて今まで無くなりもせず、『愚者』本人が『権力』を持つことで、人間はやはり動物的本能を顕わにする……妙な話だ、『権力』や『縄張り』という、動物的な本能から解放されない『愚者』が最も『人間的』で、他の動物とは一線を画したつもりでいるんだ」
再び、ギンは俯き加減になって憂鬱そうに首を振り、大きく溜息をついた。が、その息を吐くと直ぐに、顎をくっと上げて真摯な声で「しかし」と云った。
「僕は――そうした『権力』の有り様を当然のこととして受け止めることが、『人間として当然』とは思っていない――そういう愚者であることを『人間的』と云うのを、僕は許せないし、そんな諦め方や甘え方もしたくない。『名君』にはなれなくても、愚者であることを解っている愚者であると、そういう『賢者』では居たい。――それを『賢者』と云うことがそれはそれで『美化』だと云うなら、愚者であることに迷い、苦悩する人間を『凡人』と云うのだと、僕は思う。僕は『名君』にはなれずとも、そんな『凡人』ではありたい。愚者であることに開き直る者を『凡人』だと云うのは、それこそ愚かだ。それが『凡人』で『人間的』なのなら、人間は動物だとそっちを認めるべきだ。自分達は猿と同じことをやっているのだと。故に、より怖ろしい肉食動物と同じ位置、同じ食物連鎖の中で、その脅威と戦わなければならない『動物』なのだとね――」
リオンとアサギ、どちらにということもなく、独り言のような口調でギンは云って、腕組みを解いた。
そして再び、先ほど描いた「ピラミッド」の頂点辺りに指を置く。
「サウザー領に於ける唯一の権力者、頂点は、もちろんタオ様だ」
リオンとアサギの両方――二人それぞれへ丁寧に視線を合わせてからギンは云った。二人はコクンと頷く。
ギンはそこから、両手の平を使って覆うように、再び卓の方へ線を動かしていった。
「一体、〈敵〉がどう評価しようが、僕らはタオ様を、ちゃんと懐に入れる『権力者』だと思っている。タオ様は、頂点から覆って、サウザー領、領民の全てを懐に抱えている――だから……傷を真っ先に負う」
――サウザー領民ではないアサギとリオンも、うん、と大きく頷いた。
「だけど、現実的にそれは無理だ。意識の点でタオ様にそのつもりがあったとしても。――だから、サンハル隊長、アエラ師匠、――僕らが居る」
「……」
「僕も、サウザー領本部の〈軍〉、魔術士隊の現役正規隊員として、ある種の『特権』を持っている身だ。さっきの例えで云えば、僕は小麦の植え付けや収穫をしない権利を持つ代わりに、外敵の襲来や大きな災いに備えて自らを磨く義務を負う。悲しいことだが、その義務をより具体的に――実質的に果たさねばならなくなったとき、領民から土地や物資を接収する権利も持っている……――本当なら、僕自身は、領の日常を直接的に支えてくれている領民からなら、嫉まれたり恨まれたりしてても良い。決して、憧れられたり、殊更に感謝されたりする地位や職種じゃないと思うね。それに――僕らは同時に、他の〝群れ〟の者を傷つけることを前提とした〝わざ〟を持たなくてはいけない、それは同時に人間として動物的な本能から逃れられないってことの証明方法でもあるんだから……。僕が持ってる権利と義務はまるで『業』とも云えそうな、そういう形だ」
「で、でも……それは、仕方の無いことで」
何だか慌てた顔をしてアサギがギンに向かって身を乗り出したが、ギンは苦笑して「いやいや」とアサギを制した。
「僕は別に自嘲して云っている訳じゃないから、アサギ君、安心して。だからこそ、僕はその義務を最大限に果たしているつもりだし、その『最大限』を上げる努力もしているつもりだよ。しかし、僕らの『日々の努力』は報われないことの方が本来あるべき国の姿なんだ。僕らの努力が報われる時、それは民の多くが不幸になる時なんだから、僕にとってはそうした努力の出番が無いことこそ幸いなんだよ――さっきの『腕力が権力』の話と似てると云えば似てることになっちゃうんだけど、僕らの努力自体は報われなくても、僕らが居ることで『取りあえず安心』って意味の平穏を、少しは支えられてるなら、それだけで良いんだ。自嘲なんかじゃないよ、僕はその『業』に、『誇り』を持っている」
「……」
「――この『業』に、誇りを持つことが出来ず苦悩していると、僕らは義務を果たせないんだ。かと云って、その『業』を忘れるようでは、今度は完全な『愚か者』であり『暴君』になる」
「……そんな『業』……。忘れてもいけなくて苦悩もしてはいけないなんて…」
アサギが、まだ納得は出来ないと云うふうに……自分の方が苦悩しているかのように眉を寄せた。ギンが苦笑して、「君には、そういうのが『辛い』んだね」と肩を竦めた。
「だから、フリュスの人に戦は向いていないって云うんだよ――あのね、アサギ君。そりゃ、僕もサウザーの軍人だから、〈敵〉を出来るだけ殺さないことは意識に持ってるよ。でも、傷つけないって訳にはいかないよ、『交戦』となったら。むしろ『殺さないためには傷つけなくてはならない』って感じになる」
「……」
「そのために訓練を繰り返す訳だけども……。そうだな、例を挙げるなら――僕も、魔術士隊だけど、中堅の域に入ってきたんで、訓練教官をさせられること増えたんだけどさ…。新人がね、射撃訓練の度『人を傷つける技術』を練習してることに苦悩してるようじゃ、その子には、もう軍人に向いてないから止めちゃいな?って僕は云うよ。そんなことじゃ、実戦の現場に至った時、苦悩故の躊躇のせいで、自分や他隊員の命を危険に晒すことになるからね。だからって、射撃訓練を繰り返した結果、『ああ、早く本当にこれを的じゃなく敵に撃ちたいなあ』と思うようなバカが居たら、それにも『向いてないから止めろ』って云う。僕が云ってるのは、そういうことさ。――忘却はしない、しかし自嘲もしない。『業』を背負ってこその矜持だよ、軍人のね」
戸惑いの表情をまだ浮かべていたが、その例え話は理解出来たので、アサギは「はあ…」と頷きを見せた。
ギンはまた、ピラミッド、あるいはドームを手で描く。今度は、手の角度を変えながら何度も同じ形を描いた。本当に卓の全てを覆っていることを例示するように。
「タオ様お一人で懐に入れることは叶わない――その腕や掌の延長線に、僕らは居るつもりだ。この領土、そこに居る領民を護り秩序を維持するために、タオ様が傷を負うときには僕らも負う。出来るだけタオ様に傷を集めないために僕らが負う。そういう『権力』を持っている自負があるよ。僕らは、タオ様の手の延長線――サウザー領を覆う面の一部を担っているつもりだ」
さして「熱弁している」という雰囲気では無いが――先ほど会議のタオが見せたように、内に秘める熱は隠せない真摯な声でギンはそう云った。卓を覆った手の軌跡は、その「面」を表していたのだ…。
アサギは何となく胸が熱くなって、つい、心臓のある場所を手で覆った。リオンは「ほう…」と息を吐く。
ギンは手を卓の上に置くと、今度はその表面をざっと撫でた。
「この卓が領土だとして、その上に……今あるコップが民だとするなら。僕は、『愚者』であることが『人間的』だってことを、許したり諦めたりはしないけれど、やはり『愚者』である人間が居なくなりはしないってことも解ってる――サウザー領では、出来る限り『愚者であることを解っている愚者』では居られるようにと、そういう感じの教育理念はあるけれどもね――。そんな『愚者』をも『権力者』は懐に抱えて守る、『愚者』から叛かれる――懐の内から攻撃されることだってあると、想定すらしつつも。タオ様、そして僕ら……『権力者』が権力を持つのなら、領土、領民を、傷を負いながら守ることこそ当たり前、『義務』なんだ。領民の――幸せを守る……と云うと綺麗過ぎるんだけど――『誰が見ても不幸』にはしない」
「……『幸せを守る』という表現は、綺麗過ぎるんですか?」
ギンの表現が気になり――脱線になるかもしれないので恐縮ではあったが――アサギが、戸惑いの表情を浮かべて尋ねると、
「いや、別に悪くはないんだ、そう表現しても。これは僕個人の、感情的な部分でね」
そう云って、ギンは肩を竦めた。
「二人には伝わってるかもしれないけど、僕は『富国』という言葉も好きじゃないんだ。『富』とか『幸福』って、絶対的な定義が無いから勝手な定義が出来てしまう、どこまでも『主観的』、曖昧な概念だろ――だからこそ『暴君』や『愚者』は、際限なく、または『他者』という比較対象を更新してそれよりも『富む』ことを望もうとする訳で――。権力が『幸せを守る』と云ってしまうと、権力が幸せを定義しているようにも聞こえない? それは僭越だと思うしさ。『幸せ』って、個人が云い合う分には構わないけど、本当は、権力者・為政者っていう『公』に属する者が、『公に』口にして良い言葉じゃない気がする」
「……」
「どんなに物質的に満たされても自分を『幸せ』とは思わない人もいるし、どんなに貧しくても『幸せ』を感じる人も居る。物質的な『富』を『幸せ』だと思ってる人が、貧しくても『幸せ』を感じている人に『いや、おまえは不幸だ』って云う権利も無いよね? 『幸せ』なんて、それぞれが勝手にただ感じるものだろ。それを国家のレベルで権力者が云うのは、図々しくない? それに……、もっと感情的なことをぶっちゃけると……。物凄く物質的・金銭的に問題が無く、健康にも家族にも友達にも恵まれていながら、自分を『幸せ』と思っていない人が居たとして、さ? ――僕は、さっき云った『業』を抱えつつ、そういう人の幸せを守ろうと思えるほど、自己犠牲に満ちた聖人でもないな」
ギンが自嘲気味に苦笑し、小さく首を振った。
「――だから、僕は『権力者』として、『幸せを守る』という表現は、ちょっと……使うのに抵抗があるんだよね。あくまで、僕個人は、だよ。当然、領民の全てが『幸せを感じられる』ほどの国を保つことが出来るなら、それが理想だし、それを守る『光栄』を、僕自身も感じられるだろうと思うよ。ただ、どうしても『幸せ』っていうのは、それぞれの感覚でしかないから、僕は、はっきり云えないって、それだけ。別に、僕以外の隊員、公人が――それに、君が、『己の仕事は民の幸せを守ることだ』と思ってても、それが悪いわけじゃないよ?」
「あ、ああ……そういう意味ですか」
念を押す口調のギンに、ぱちぱちと瞬きをしてから、アサギが「分かりました」とこっくり頷く。ギンが一つ息をついて、落ち着いた声で続けた。




